国際化の一途をたどる競馬界において、日本人ホースマンの中でも屈指の海外経験を持つのが藤井勘一郎騎手だろう。先日まで大井競馬で期間限定騎乗を行っていたばかりだが、これまでに豪州、シンガポール、韓国、マレーシアなどで幾多の経験を積み重ねてきた。昨秋にはG1馬クリソライトの騎乗依頼を受けるなど、国境や所属の枠を超えた存在となりつつあるが、今後はどんなキャリアを歩んでいくのか、ロングインタビューで迫った。

逆輸入ジョッキーから見た日本競馬

-:まず、今年度のJRA試験は残念ながら不合格。そこから南関東で乗ることになったのですが、その経緯から教えていただけますか?

藤井勘一郎騎手:そもそも去年、北海道競馬で乗せてもらって、次は南関東で挑戦してみたいと思っていました。一番のキッカケは、クリソライト号でコリアカップに勝った後に、音無先生が「JBCクラシックに使うから、乗れないか」と依頼をいただいたことです。海外の騎手免許ではスポットで重賞レースに乗ることはできないシステムなので、コリアCの後に急いで短期騎乗の申請書を用意しました。

-:JRAの試験を失敗されたから、南関東で乗ることを決めたと思うのですが、それは、すぐに自分の中で切り替えが出来たということですか。

藤:JRAの合否に関わらず、南関東で乗るための段取りはしていました。もしJRA試験に受かっていたとしても、JRAの騎手としてデビューできるのは翌年の3月からですし、やっぱり僕自身“次はどこで乗る”と前もって決めていかないといけないので。ですから、JRAの一次試験の合格発表の日がちょうど南関東の短期免許の試験日となりました。

藤井勘一郎

-:最初に南関東で乗ることが決まってから、準備や苦労したこともあれば教えてください。

藤:こちらに来る前は、韓国に地方所属のジョッキーがよく来られていたので、地方競馬は観るようにしていました。北海道時代も2歳の馬が南関東に行くので、そういうキッカケで注目はして観ていましたね。南関東は週に5日間競馬がありますし、体重のコントロールや調教、毎日のタクシーの移動などリズムに慣れることができるかと不安はありました。レベルが高いところという認識があったので、できるだけ早く馴染めるよう工夫しました。

-:大井の荒山厩舎に所属となりましたが、その経緯を教えていただけますか?

藤:南関東に所属するなら、ということで、クリソライトのオーナーサイドが荒山厩舎を紹介してくださいました。大井競馬場の主催者や地全協の免許課、荒山調教師と短期免許取得に向けて準備を進め、申請に必要な過去の騎乗成績を集めたりもしました。コリアCの1ヶ月後には小林分場で調教を始めていました。

-:その荒山厩舎からスタートして、最初の頃は南関東の競馬をどのように感じられましたか?

藤:全くアウェイな場所でのスタートだと思いました。競馬場はナイターレースで重賞の日などはお客さんも多くて華やかに感じました。交流レースの時はJRAなどからも多くの関係者が来るので、関係者エリアの雰囲気も違いましたね。

藤井勘一郎

-:騎手として乗った南関東の競馬はどう感じられましたか?

藤:実際にやってみるまでは、どれだけ騎乗鞍をいただけるかも全く分からない状態で、半分手探りなところから始めました。やはり自厩舎のソレイユブリールで勝たせていただいてから、ずっとコンスタントに他場でも騎乗依頼をいただいて、それは本当にジョッキーとしてありがたいですし、ジョッキーとしてレースに集中できる良い流れができたかなと思いましたね。

-:例えば、道営など他の競馬場でやる時と南関東でやる時と何か大きな違いとか、決定的にこうしなきゃダメだったというポイントはありますか?

藤:同じ日本でも道営に関して言えば、本当に2歳のレースがメインですし、JRAの札幌競馬場で乗せていただいた時は移動がありましたが、基本的には北海道での朝の調教、そして、調整ルームに入ってレースをするという流れでした。でも、今回は千葉県印西市の小林分場に所属厩舎があり、大井競馬場からは1時間半くらい離れています。他場に行くにもタクシーで毎日通いですから、調教であったり休む時間であったりを生活のリズムに合わせることが大切だと感じました。関係者とも初めてお会いする方がほとんどですので、まずは顔を覚えてもらうことから始まって、多くのコミュニケーションをして、馬の調教法やクラス編成のルールなどいろいろと勉強して対応しました。馬の頭数も本当に多いですし、調教師さんやジョッキーの数も多くて、いろいろなことが去年の道営とは違いましたね。

-:競馬のレベル、レースのレベルはどう感じられましたか?

藤:道営はやっぱり2歳が強いです。基礎調教もシッカリしていますし、坂路があるので、そういう面でアドバンテージだと思いました。南関東では中央からすぐ下がってきた馬が来ますし、道営や園田、他の競馬場から勝ち上がってきた馬が来ているので、そういう意味でのレベルは高いと思いました。それから、騎手も冬場となれば北海道や金沢から短期で来ますし、重賞にも良いジョッキーが集まって本当にレベルが高いなと感じました。


「南関東でも的場文男騎手と森泰斗騎手のメンタルは凄いと思いました。的場騎手は調教師に『先生、頑張りますから乗せてください』と頭を下げている姿を見たときに、自分ももっとハングリーにならねば、と感じました。御神本さんとは毎朝、調教で顔を合わせましたし、何度も食事に連れていってもらい、レースや騎乗の準備に関していろいろな話を聞かせていただきました。金沢の吉原騎手は騎乗のバランスが本当に良いです」


-:同じ騎手としての目線で、どのあたりにレベルの高さを感じられましたか?

藤:南関東の騎手は4場でほぼ毎日競馬をしていますので、レースの感覚が研ぎ澄まされていくと思います。森泰斗さんにしても年間で1500鞍以上乗られていますし、僕と同年代や若手ジョッキーもたくさんレースに騎乗していますからね。トップの騎手だとレースに隙がないので、取り逃がしも少ないです。そういうジョッキーから乗り替わりを受けた時は自分の持ち味をどう出していこうかなと考えましたね。

-:ちなみの藤井騎手は海外経験も非常に豊富なわけですが、騎乗技術において、南関東に限らず、目標にしているとか参考にしているジョッキーはいますか?

藤:小さい頃から憧れていたのは武豊騎手とフランキー・デットーリ騎手で、当時からビデオを見て騎乗を真似たりしていました。オーストラリア時代は、日本でも短期騎乗したボウマン騎手に憧れていましたし、世界ではブラジル人ジョッキーの身体能力の高さは凄いと思います。海外には名は知れていないけど良いジョッキーは本当にたくさんいます。南関東でも7000勝まであと少しの的場文男騎手とリーディングの森騎手のメンタルは凄いと思いました。的場騎手は調教師に「先生、頑張りますから乗せてください」と頭を下げている姿を見たときに、自分ももっとハングリーにならねばと感じました。御神本さんとは毎朝、調教で顔を合わせましたし、何度も食事に連れていってもらい、レースや騎乗の準備に関していろいろな話を聞かせていただきました。金沢の吉原騎手は韓国や北海道で一緒に騎乗したこともあり、騎乗のバランスが本当に良いです。お互いに遠征が多いので、話していても共感できる部分が多かったです。

-:日本人ショッキーと海外のジョッキーには大きな実力差があると感じますか?

藤:日本の騎手も上手な騎手は凄い騎乗技術を持っています。逆に海外の騎手だろうと、上手くない騎手だっています。僕も実際にニューマーケットやシャンティイで調教に参加しましたが、馬中心に人が動いて、馬の本質を体で理解している人が多いと感じました。そういうことが騎手としての実力に反映されているのかもしれません。


「国籍や価値観が全く違う関係者を納得させるのも大切で、いろいろな場所で競馬に乗る経験値の違いは騎手として大きいですね。日本の中でもJRAと地方競馬の騎乗が自由化すれば、競争がもっと激しくなって、おのずとレベルも上がると思います」


-:日本人のジョッキーが足りないものを補うとするなら、どういうところだと思いますか?

藤:騎手としての対応力や引き出しの多さだと思います。僕自身、道営と南関東を経験して、それぞれの地での結果の出し方は違うと感じました。同じ日本でもですからね。ヨーロッパのトップの騎手は自国のオフシーズンなどはドバイ、シンガポール、カタール、インドなどに行くのが普通です。海外に行くとオーナーや調教師の細かい指示に従って乗らなければなりません。国籍や価値観が全く違う関係者を納得させるのも大切で、いろいろな場所で競馬に乗る経験値の違いは騎手として大きいですね。日本の中でもJRAと地方競馬の騎乗が自由化すれば、競争がもっと激しくなって、おのずとレベルも上がると思います。

-:では、ご自身が国や競馬場ごとに変えられている部分があれば教えてください。

藤:芝やダート、オールウェザーの馬場などで馬の反応も変わってくるのでバランスや扶助の強さには気をつけています。コース形態、スタート位置、フェンスの置き方、雨が降った時の馬場状態など、全ての競馬場で異なるので、癖をできるだけ早く掴むようにしていますね。ペースもクラスによって変わるし、調教法も国ごとに違いますから、その地にあった乗り方を見つけています。特に外国で騎乗するときは日本よりも関係者に自分からアピールしています。その地の言葉や文化を少しでも理解しようとすることが大切ですね。

藤井勘一郎騎手インタビュー後編
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