昭和という時代が終焉を迎えることになる1988年、彗星のごとくスターダムにのし上がったのが“白い稲妻”の愛称で多くの競馬ファンに愛されたタマモクロスだ。オグリキャップとの『芦毛対決』は、今なお名勝負として多くの競馬ファンに語り継がれている。このタマモクロスを管理していたのが、小原伊佐美元JRA調教師。昨年2月に惜しまれつつ現役を引退、そして……約1年の沈黙を破って競馬ラボで電撃復帰。この【馬路走論】では、これまで語られることのなかったタマモクロスにまるわる“秘話”をインタビュー形式で数回に渡りお届け。そして、週末には小原伊佐美がその目で見た、その耳で聞いた現場トレセン情報をお届けしますので、乞うご期待!!

常識を遥かに超えた名馬タマモクロス≪1≫

-:タマモクロスで一喜一憂した競馬ファンの代表として、今回は根掘り葉掘りお聞きしたいと思います。

小原伊佐美元JRA調教師:はい、こちらこそ宜しく。

-:タマモクロスの戦績を確認させて頂くと、後半は本当に“凄い”という言葉しか見つかりません。もともと芝デビューだったんですね。

小:そや、最初から芝でこその馬や思っとったんやけど、そこで負けてしもうてな…。稽古はかなり動くし、走るっちゅう感触はもともとあったんや。3戦目のダートで勝ち上がって、再度芝に戻したんやけど、そのレースで落馬。そこからまたダートに戻して…な。

-:芝でこその馬という確信が最初からあったんですね。

小:稽古ではホンマに動く馬やったしな。ただ、とにかく食いが細くてな~。これにはホンマ苦労したわ。しかも、馬運車は苦手なみたいで、カイバも食わんと横向いてジッとしとるんや。こっちとしては気が気やなかった。

-:秋を迎えて8戦1勝。まだ400万クラスの条件馬で重賞とは程遠い存在でした。ただ、10月18日の400万下から芝に戻してから快進撃。ある意味、芝でこそと考えていた小原先生にとっては想定通りだったんではないでしょうか。


快進撃が始まった
4歳上400万下のレース結果⇒

【注】芝替わりの400万下では5番人気の評価も、結果は7馬身差の圧勝。しかも、勝ちタイムの2分16秒2は、同日の同条件で行われている京都新聞杯をコンマ1秒上回るもの。手綱を取った南井騎手も“どこまでも伸びる”と、当時その感触を語っている。

小原伊佐美

小:南井から「そろそろ芝を使ってみましょう」という進言もあったんや。その400万下で7馬身差、そして藤森特別では8馬身差の圧勝。そのあとは連闘で菊花賞っちゅう話も。一部マスコミでは“関西の秘密兵器”っちゅう表現も使っとったな。ただ「今ここで菊花賞に出たら馬がダメになる」と思うて我慢したんや。

-:まさにその英断が後の飛躍へと大きく繋がるんですね。

小:菊花賞を見送った後は、ハンデが軽いうちに重賞を使っておきたいっちゅう意向もあったから、鳴尾記念に狙いを定めて。格上挑戦やったけど、ある程度のビジョンは先までできとったんや。


ファンのド肝を抜いた
鳴尾記念のレース結果⇒

【注】鳴尾記念は格上挑戦ながらも3番人気に支持されていたほど。レースは実質直線だけの競馬で、2着メイショウエイカンを6馬身差ちぎる圧勝劇。しかも、やや重でレコードのおまけ付き。また、この日は中山競馬が降雪のため中止となり、中山競馬場に残っていた競馬ファンから、ターフビジョンを見て驚嘆の声が上がったという逸話も残っている。

-:この鳴尾記念あたりから、父シービークロスの愛称だった“白い稲妻”と呼ばれるようになったんですね。そして次は年明けの京都金杯から。

小:その京都金杯に関してはな…オーナーたっての願いやったんや。年明けはやっぱり金杯っちゅう思いがあったようで、使うてくれと。ただ、ワシとしてはホンマは日経新春杯からっちゅう青写真があってな。この時ばかりはオーナーの熱意に負けた格好や。ただ、オーナーの意向を聞き入れたのは、後にも先にも京都金杯だけ。後はほぼ全部、ワシに任せてくれたんや。

-:それだけオーナーも小原先生を信頼されていたんですね。

小:今はオーナーが実権を握っとるところもあるみたいやけどな。現役のときからワシはそんなオーナーとは付き合わんようにしとったんや。

小原伊佐美

-:その京都金杯も難なく突破。

小:形上はな。この時もレース前にカイバを食わんで心配しとったんや。しかも、レースでは直線で行き場をなくして“負けた…”と正直思うたくらい。それが、馬込みを縫うように割ってきて15頭をごぼう抜き。

-:スポーツ紙でも“次元が違う”と賞賛されていましたね。


15頭のごぼう抜きを演じた
京都金杯のレース結果⇒

【注】年明けの京都金杯では、これまでのパフォーマンスが買われて1番人気に。スタート直後から加速がつかず、最後方からの競馬を強いられることに。ファイターとしてその名を馳せた南井騎手も“どうでもいいや…”と投げ出したという話もあるほど。そして、直線では前が壁になっている状況で、誰もが「届かない…」と考えたという。ただ、タマモクロスには関係なく、15頭のごぼう抜きを演じている。

小:鳴尾記念、京都金杯と重賞を連勝。これからはタマモクロスが関西を背負う立場の馬になる…そう確信させられたわ。

-:そして次は、天皇賞(春)への重要なステップとなる阪神大賞典ですね。………続きは次回へ。