憧れのジョッキーへ 浪人生活で過ごした貴重な時間

-:田口騎手はお父様もお母様も笠松競馬の騎手と、両親がジョッキーは大変珍しいと思いますが、いつ頃からジョッキーになることを意識されていたのでしょうか。

貫:2017年、レイデオロが勝った日本ダービースワーヴリチャードを見て以来なので、中学2年生の5月末ですね。それまではジョッキーになろうと思ったことがなかったんです。

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17年日本ダービーで2着だったスワーヴリチャード(左)

-:他媒体の取材で、お母様からジョッキーを目指してほしいということで競馬のゲームをプレゼントされた、というお話をされていましたが、それでもジョッキー志望ではなかったのですね。

貫:そうですね、あのゲームに関しても僕がジョッキーになりたいと言ってからのプレゼントだったんです。ギャロップレーサーなんかをやったりして、自分でローテーションなどを考えて競馬の勉強をして…。

-:お父様が調教師だけに、家に競馬関係者が多くいらっしゃる環境だったと思いますが、「ジョッキーにならないか?」と言われたりはしなかったのでしょうか?

貫:それもなかったですねえ…。強要されることもなかったんです。やはりジョッキーは危ない職業ですし、皆さんそれをよく知っている分、強要されなかったのかもしれません。

競馬自体は身近な環境でした。父は元騎手で調教師、母は元騎手でしたし、馬も競馬も身近な存在でした。厩舎で父が引いてくれる馬に乗ることもありましたしね。ただそれでも中学2年のダービーまでは自分から騎手になろうと思うことはなかったですね。

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-:同期には同じく二世ジョッキーの佐藤翔馬騎手(父は川崎競馬の元騎手、佐藤博紀調教師)がいらっしゃいますが、状況は真逆だったと…。

貫:逆だったと思います。翔馬は小学生の頃からジョッキーベイビーズに出ていましたし、真逆な感じで育ったと思います。

-:笠松競馬繋がりでいえば、安藤勝己元騎手とも幼少期から交流はあったのでしょうか。

貫:小さい時は面識がなかったんです。ただ安藤さんは父と飲みに行くことも結構あって、母と一緒に父を迎えに行った際にお会いしていた覚えはあります。

-:中学2年生の5月のダービーを見て騎手を志した田口騎手ですが、そこから競馬学校の試験までは1年と少し、そこまで時間はなかったのではないでしょうか。

貫:そうですね、しかも僕は中学の時に野球をやっていて、こちらも好きだったのでかなり集中してやっていたんです。中学3年の夏まで野球をやり切り、それから一次試験を受けにいったようなもので、準備は足りなかったですね。

-:田口騎手は2度目の受験で競馬学校を合格されましたが、1度目の試験で自分に足りないと感じたものはありましたか。

貫:一次も落ちてしまったのですが、懸垂10回できないといけないところ7回しかできませんでしたし、面接もうまく答えられず、1度目の試験はたぶん落ちると思いました。

-:翌年の試験まで1年間、どう過ごされたのでしょうか。

貫:父の厩舎にも馬を入れてくださっている岩崎僖澄オーナー(ヒストリーメイカーなどを所有)が、滋賀で乗馬クラブを経営されているんです。北村友一さんもこのクラブの出身で、オーナーが僕のことを気にかけてくれて、誘ってくれました。

僕はやるなら本気でやりたかったんです。乗馬クラブに住み込みで働きながら、朝5時から馬房掃除をして馬に乗って、昼休憩の時間に乗馬をして、それから自転車で定時制の高校に通う生活を7ヶ月ほどやっていましたね。

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白毛のカルパの追い切りに騎乗する田口騎手

-:形としては遠回りとなりますが、かなり有益な時間を過ごされたのですね。

貫:僕にとってはそうですね。馬との接し方など、牧場で働かないと裏方の皆さんの存在のありがたみも分かりませんでしたし、1頭に携わる方の思いを知れた時間でした。

加えて牧場にいる間は筋力、そして柔軟性なんかも見られていたので重点的に強化しましたね。走り込んだりもしていました。

-:1度目は7回だった懸垂は2度目の試験でどのくらいまでできるようになったのでしょう?

貫:競馬学校は一次試験で10回、二次試験で20回やらないといけないんです。確か20回できたと思います。本当に有意義な一年を過ごせたと思います。

競馬学校39期合格!出会ったライバルと心に刻んでいる言葉

-:ストレートで競馬学校に受かった姿を想像されたりしたことはありますか?

貫:ありますね。想像しましたが、今考えるとストレートに受からなくて良かったと思います。ストレートで受かっていたら今村聖奈さんや角田大河さんなど、レベルの高い38期だったんです。未経験だったので、たぶん置いていかれていたと思います。1年修行できたのは良かったと思っています。

-:125分の8の狭き門を突破して入学された競馬学校でしたが、一番苦労したことはなんでしょうか。

貫:やはり乗馬ですね。みんな結構小さい頃からやっている中で、僕はまだ1年。ほぼ未経験みたいなものでしたから。1年の夏にソロ騎乗が始まるまで苦労しましたし、始まってからも馬とのコンタクトの面で苦労しました。

-:JRAのインタビューで、競馬学校時代一番楽しかったことに"サマーキャンプ"を挙げられていましたね。

貫:やっぱりサマーキャンプです。あそこで同期の仲が一気に深まりましたから。教官の先生も一緒に泊まるんです。普段の先生とは雰囲気も違って、みんなでワイワイやりながら、本当に楽しかったです。1年生の6月しかないんですが、もう一度やりたかったですね…。

-:同期で一番仲が良かったのはどなたなのでしょうか。

貫:僕、美浦の石田(拓郎騎手)と仲が良いんです。最後のほうはずっと二人で木馬に乗りあって、お互い気づかない点を指摘しあったりしていました。17時に授業などが終わって、18時から夕食なんですが、それまで二人で競馬学校の外周を走りにいって、夕食を食べてからまた木馬に乗りに行って…。

彼は意識が高く、僕もやることはやり切りたい派なので価値観も合ったんですよね。向こうがやってるから負けられないと気持ちも生まれて、本当にいい関係だったと思います。

-:まさに"切磋琢磨"ですね。

貫:本当にそうですね。今も彼のレースは見ていますし、新潟で騎乗した際は競馬後にカラオケに遊びに行ったりもしています。

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10月1日の阪神12Rでは11歳馬マイネルプロンプトを勝利に導き話題に

-:デビューされる際に受けられていたJRAのインタビューで、座右の銘として"明日の自分は今日より強く"という言葉を挙げられていました。これはいつ頃から意識されていたのか?

貫:これは競馬学校の入学前からです。僕、銭湯に行くのが好きで、父とよく行っていたんです。ある日銭湯で、今は引退されましたが、佐渡ケ嶽部屋の琴勇輝さんという力士の方に偶然お会いして。

ケガなど色々苦労されてきた方なのですが、「ジョッキーになりたいんです」という思いを伝えたところ、琴勇輝さんから座右の銘を入れたサインを頂いたんです。3枚書いていただいた中の1枚に"明日の自分は今日より強く"という言葉が書かれていたんです。

凄くいい言葉だと思いました。琴勇輝さんも「僕もこの言葉が一番好き」とおっしゃっていて…。グッときましたね。

-:今後、どういうジョッキーになっていきたいでしょうか。

貫:常に勝てるジョッキーを目指していきたいですし、重賞やG1でも結果を出して、世界でも活躍できるジョッキーになりたいなと思います。

-:今"世界でも活躍できるジョッキー"という言葉を口にされましたが、小崎綾也騎手のように長期遠征も…?

貫:もちろん考えてはいますが、綾也さんのように行動に移せる力が自分にはまだないので、行ってみたい気持ちはありますが、土台を固めてからになるのでいつになるかは分かりませんね。

まだまだ続く!田口貫太騎手ロングインタビュー第3弾は、田口騎手の20歳の誕生日でもある12月10日に公開予定です!