
2016年の阪神JSでJRA史上初の同一重賞7年連連対記録などJUMPレースの顔として活躍する高田潤騎手。 そして、ファンサービスの積極性は競馬界一とも噂される熱き男の生の声をお届けします!
児童養護施設の少年が流した涙の訳は…
2026/8/28(金)
高田潤です!!
今年も行って参りました!!児童養護施設の子供たちとの夏祭り!!
いつも参加してくれるたくさんのジョッキー仲間に感謝です(T_T)本当にありがたいです!!
今年は「ぜひ参加させてください」との事で前川調教師も急きょ参加して下さいまして、ジョッキー13名+調教師1名の14名でお邪魔させていただきました(^^)
言葉では上手く説明できませんが、ここに来ないと感じることの出来ない子供たちとの心の繋がりがあります。
もう何年も参加してくれているジョッキーや今回初めて参加してくれたジョッキー、みんなそれぞれ色々なことを感じてくれていると思います。
施設長さんのお話によりますと、思春期の難しい年代の子供たちもたくさんいますが、この夏祭りだけは絶対にみんな参加してくれるそうです。ありがたいですね。励みになります!!
『よしっ!施設の子供たちの為にまた一生懸命仕事がんばらないと!!』という気持ちにさせてもらえます。
17年も施設に来ていますと、ほとんどの子供たちは僕たちのことを知ってくれているわけで、より一層子供たちとの距離も縮まります(^^)
少し説明したいと思います。
今回、用意させていただいたのは、焼きそば、フランクフルト、たこ焼き、かき氷、クレープ、ポップコーン、そして花火です。
これらを業者に手伝ってもらうことなく、鉄板や器材の手配,プロパンガスの手配なども含め全て自分達で行っています。かき氷の氷も製氷屋に買いに行きます。
そして、開始の1時間半〜2時間ほど前から現地で準備を始めます、始まってからはひたすら作り続けます。50名ほどの子供たちがそれぞれ食べたいものの前にずらっと並びます。
不思議なもので毎年人気があるものが違っていて、フランクフルトが人気だったりクレープが人気だったり、かき氷のシロップにおきましても同様でイチゴが凄く人気がある年やブルーハワイばっかり無くなる年もあります。今回は7種類用意しましたが、今年は均等に無くなりました。ちなみにかき氷は100杯以上つくりました(^^;;
今年初めて参加した角田大和と小牧加矢太はたこ焼きを担当していましたが、めちゃくちゃ熱い鉄板の前で額にタオルを巻いて汗だくになりながらひたすらたこ焼きを焼きまくっていました!(≧∀≦)
これだけジョッキーの人数がいてもみんなほぼ休憩なくフル稼働で子供たちの為に子供たちと会話もしながらひたすら作り続けます。
目を輝かせて並んでいる子供たちの姿をみると手を止めるわけにはいきませんからね(^^)。ホントみんな、いい汗かいてました笑笑。
僕たちは縁日やイベントのプロではありませんので失敗や上手く出来ないこともこれまでに何度もありました。
でも子供たちはどれだけ失敗しても喜んでくれます。ポップコーンが少し焦げてホントにおいしくないときや、りんご飴の飴がうまく固まらずにベチャベチャになったときもありました…
大切なことは味やクオリティなんかじゃないんだな、子供たちが求めているのはそこじゃないんだなって気づかされます。
それでも美味しい方がいいに決まっているので、そこもできれは上達していきたいです(^^;;
現場には記事では伝わらない僕たちや子供たちの熱い思いがあります(^^)!!
基本的に施設の子供たちは高校生までになりますので高校3年生にとっては僕達との最後の夏祭りとなります。
ですので高校3年生に会うのは少し寂しい気持ちになりますが、施設を離れてもこれから頑張って行って欲しいなと思います!!
『僕は来年3月で高校を卒業しますのでジョッキーの皆さんに会うのはこれで最後になりますが…』
と言ったところで少年の目から涙が溢れ、、
『僕たちの為に毎年来てくださって本当にありがとうございました… 施設のみんなは本当にこの夏祭りを楽しみにしていますので、大変だと思いますがどうかこれからも僕たちの為に来て欲しいです。宜しくお願いします。』
と溢れる涙を抑えながら子供たちを代表して挨拶してくれました。。(T_T)
僕たちもちょっと感極まってしまったのですが、その言葉の重みをしっかりと受け止めてこれからも続けていこうと思います。
その為にもしっかりと仕事を頑張っていきたいと思います。
プロフィール

高田 潤 - Jun Takada
1980年11月3日生まれ、大阪府出身。
1999年に松田博資厩舎所属から騎手デビュー。デビュー当初から、平地・障害の垣根を越えた活躍を続けると、2006年にはドリームパスポートで神戸新聞杯を制覇。これが平地重賞初勝利となった。
一方、2008年にはキングジョイとのコンビで中山大障害を制し、キャリア初のJG1勝ち。2013年には待望の障害リーディングに輝いた。
また、2009年には師匠である松田博資師の元を離れ、フリーに転向。2012年にも生涯の伴侶を得るなど、公私ともに充実期を迎え、障害競走の次代を担う存在として更なる活躍が期待される。




