【夏の独占取材シリーズ】エスティファーム躍進の秘訣に迫る!
2016/7/30(土)
今年のセレクトセールに異変!
1億、2億は当たり前。金額的には沸きに沸いた2016年のセレクトセール。古くからの大物馬主に、新興馬主、または海外からも日本の良血馬を求め、数多くのバイヤーが参加したことで興行的には大成功のセールだったと言えるのではないだろうか。その一方で、ファンの方もお気づきだろうが、例年より陰を潜めていたのが島川隆哉オーナーだ。カンビーナの2016こそ2億3000万円で落札したが、(自身の法人名義含め)落札はわずか7頭。それも、すべて当歳に限定。オーナー自身も代理人に落札を任せ、会場に姿を表わすことがなかったのだから、これまでとは方針が変わったことを示していたといえる。
前置きが長くなってしまったが、昨年のサウジアラビアロイヤルC(重賞)を制したブレイブスマッシュ(牡3、美浦・小笠厩舎)を筆頭にトーセンファントム、トーセンブライトらの産駒を目にする機会が増えてきたことをお気づきだろうか?そう、近年の島川オーナーは次第に自家生産にも力を入れていっているのだ。そこで、競馬ラボでは北海道沙流郡厚真に位置するエスティファームへと独占取材を行い、「トーセン軍団」の基盤と今後の展望を探った。
なんとグループ関連馬だけでのべ260~270頭にも及ぶエスティF
今回、主に取材に応じてくれたのは育成・調教主任の木田圭亮氏と長山慎澄氏。
「エスティファーム自体が出来て8年くらいの新しい牧場なんです。入って5年ほどですか。ものすごい勢いで成長していますね」と木田氏は語る。その成長の秘訣は「企業秘密(笑)」とのことだが、当初は生産スタッフばかりだった牧場にも、様々なキャリアを持ったスタッフの往来によってノウハウを構築。一人が担当する頭数こそ、数年前と大きな変化がないとのことだが「意識レベルは昔とは全然違いますね」と手応えをにじませた。
業務内容としては概ね朝6時半ごろから勤務。調教や給餌、洗い場などでの手入れなど基本的なメニューを消化するが、乗り運動であればダグでコースを1周して、並足で運動量を重ねる。概ね1頭につき1時間ほどの時間を要するそうだ。
また、現在は北海道日高=生産、千葉県小見川=外厩、そして、ここ厚真は育成と、グループ全体で所有馬を厩舎(競馬)へ送り出すまでの拠点を構えている。取材時に厚真に在厩していたのは87頭(最大89頭)とのこと。更に日高に当歳馬がおり、8月、9月には離乳をして移動してくるのだから、厚真から千葉へも頻繁に馬を送り出さないといけない。
「馬の年齢や個体差もありますが、1F18秒くらいを出せるようになったら(千葉に)出す、といった感じですね」と木田さんは語るが、本州へ向かうまでの中継地点として、競馬の疲れをいやすための故郷として、ここ厚真の牧場は機能している。
100頭ほどの繁殖馬を含めると、現在の1歳(65頭)、当歳(50頭弱)、千葉(65馬房)を含め、牧場には260~270頭をも抱えるのだから、たとえ毎年のように億の馬を落としてきた大オーナーの牧場とはいえ、組織の大きさを窺わせた。
ブレイブスマッシュら代表馬たちもお目見え
続いて育成の基盤となる設備面は1000mの外馬場に、800mの室内馬場、トレッドミルや馴致場、運動場などを備える。実はエクセルマネジメント厚真トレーニングセンターの施設を引き継いだものではあるが、とにかく広い。具体的な完成時期のメドは立っていないようだが、「坂路を作る予定もあるんです。これが出来れば、もっと変わってくるんじゃないかと手応えはありますね」という。既に自家生産で結果が出始めているが、設備投資の面でも伸びしろがあることを考えれば、今後の成長も期待せざるを得ない。
また、馬の年齢や性別によって厩舎を4つに分けて(馬の世界であれば、当たり前のことではあるだろうが、各々の厩舎へ移動するにも車で移動するほど)、調教や育成のメニューは厩舎長ごとによってプランニングされているそう。それは取材時にも感じたように、スタッフ同士の風通しが良くなければ出来ないことではあるだろうし、尚且つ自主性が問われるムードが牧場の躍進の基盤であると感じさせられる。
そして、取材時早々に我々を出迎えてくれたのが、重賞ウィナーのブレイブスマッシュだ。今春はG1・2戦も出走しただけあって、帰厩時は疲労の色が濃かったものの、涼しく静かな環境に移ってきたことで状態を持ち直しつつあるところ。他にも、ハレルヤボーイ(牡3、美浦・田村厩舎)、マシェリガール(牝3、美浦・菅原厩舎)、トーセンラーク(牝4、美浦・菅原厩舎)らタイミング良くエスティFの代表馬たちをお目にかかることが出来た。ここでしっかりと充電を経て、秋の飛躍を待ちわびたい。
また、エスティF生産馬といえば、トーセンファントム&トーセンブライトのトーセンブランドの産駒が主軸だが「いずれも馬っぷりの良さは共通していますが、ファントムは柔らかみがあって、背中のいい馬が多いですね。ブライトは骨格がしっかりしていて筋肉質な感じがしますね」とのこと。中でもトーセンファントム産駒で6月に新馬勝ちを決めたメモリーミネルバ(牝2、美浦・田村厩舎)の評価は上々。兄のハレルヤボーイと共に今後の動向に期待が懸かる。
ここでは伝えきれないほど広い牧場内を満遍なく紹介していただいたが、「馬のウィークポイントをどうやって治そう、と毎日考えています。気が荒い馬は何もしなくても掛かっていきながらも自分で走っていくんですよね。だから、自分でトレーニングをしてくれるんです。ただ、気性のおとなしい馬にも、その前向きさを付けてあげなくてはならないんですよね……。その場合どうすればいいか、自分にとってテーマにしています。坂路が出来れば少しは解決できると思うのですが……」と課題と目標を口にする木田さん。温和な語り口の中にも、こと自らの仕事については厳しさを覗かせた。
一頭の競走馬を競馬場に送り出すまでに、幾多の関係者の努力と歳月を経ていることを痛感すると共に、優勢劣敗の傾向が高まるばかりの競馬界でも、人間の信念によって報われると感じさせられた。環境とスタッフの成長、そして、何よりも大事な馬質の向上が噛み合いつつあるエスティファームの躍進を確信させられた。今後も競馬ラボでは牧場取材を通して、競馬の側面にもスポットを当てていきたい。