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29歳で初G1制覇 ドイツのトップに上り詰める

-:話は戻りますが、いつ騎手になろうと決めたのですか。

ミ:本当に小さい頃です。自分に残っている最初の記憶がジョッキーになりたいという記憶です。自分にとって、小さい時から他のオプションには興味がなかったのです。今でもその気持ちは全然変わりません。自分の人生は競馬なんです。日本に来てからは地方でも乗りたくて、この前、川崎にも行きました。勝てましたし、とても良い経験になりましたね。もちろん勝ったという経験だけでなく、地方競馬場の砂はこういう砂なんだとか、こういう馬もいるんだとか、スタンドや競馬場の設備なども経験が出来て良かったです。

-:川崎はコーナーが狭いので、内枠は苦労されませんでしたか?

ミ:ドイツの地方の競馬場に比べるとまだコーナーは緩くて、全然問題なかったですよ!

-:ジョッキーとして初めてのレースの思い出はありますか?

ミ:16歳の時に迎えた初騎乗では出遅れしてしまって…。10馬身くらい遅れてしまって、そのまま終わってしまいました。全然でした(笑)。

ミナリク騎手

-:初勝利はすぐに挙げられたのですか?

ミ:確かデビューが1991年の9月の頭だったと思うのですが、翌年の4月に初勝利を挙げた気がします。チェコの競馬は冬場がオフシーズンなので。

-:初勝利の場所はチェコのどこの競馬場だったのでしょう?

ミ:チェコのカルロヴィヴァリという競馬場が初騎乗で、初勝利はチェコのプラハの競馬場ですね。

-:そこからなぜドイツで騎手をやる道を選んだのでしょうか?

ミ:チェコではそう勝っていたわけでなくて、そこまでサポートがなかったのです。少し環境を変えるためにチャレンジしようと思い、チェコの近くで競馬が盛んなところと言ったらドイツなので、拠点を移しました。1996年の話です。ドイツに着いても、最初は協力してくれるオーナーや厩舎はそんなに多くなかったのですね。少しずつサポートしてくれる人が増えました。

-:ドイツに行っても簡単に免許がもらえるのですか?

ミ:お互いがその国の免許を認めているので、ドイツに行っても数ヶ月はチェコの免許で乗ることは出来ます。それからドイツ語のテストがあるのですが、それに受かるとドイツの免許をもらえるようになります。免許の面では行きやすいですね。

-:ドイツでの下積み時代、焦りなどはあったのでしょうか。

ミ:特に心配はしていなかったです。競馬に乗りたくてしょうがなかったですし、毎日調教に乗るのが楽しみでした。勝つことが嬉しくて嬉しくて。1年目の勝ち鞍は9勝だったのですが、それでも9回も勝っていることが嬉しかったです。その時はまだドイツで1位になるという夢は持っていなかったのです。斤量も軽く乗れたので、サポートなどで乗れる馬が出てくるのではないかと期待しながら頑張っていました。

「ドイツで4回もリーディングを獲っていても、チェコの有名な障害レース・ヴェルカパルドゥビツカを勝ったことはないと言った瞬間、皆もう知らないという感じになります(笑)」


-:その後名門P.シールゲン厩舎の馬に乗ることになったとのことですが、この経緯を教えてください。

ミ:僕も、シールゲン厩舎に行けたキッカケは未だによく分からないのです。シールゲン厩舎ではいつも斤量がちょっと軽い、数を乗れる若い騎手を探していたので、自分の頑張りが認められたのかどうか分からないですが、急に電話が掛かってきて行くことになりました。特にどこかからの紹介というのはなかったです。

-:シールゲン調教師は厳しい方のようですね。

ミ:その通りです。とても厳しいです。彼はジョッキー時代、どんな馬でもどんな地方の競馬場でも出向いていて、凄くハングリーな人です。だからこそ若くてハングリーなジョッキーを探していたんじゃないかなと。もしかしたらそれで自分のことを見ていて、声を掛けてくれたのかもしれません。

-:厳しいシールゲン厩舎で働いていた時の経験は今も活きていますか?

ミ:多分、あの厳しさのお陰で、今、ジョッキーとして結果が出せていると思います。今でもあの時同様どの馬も頑張って乗りますし、どこの競馬場にでも行って一生懸命やるということを大事にしています。

-:初めてG1を勝たれたのはいつだったのでしょうか。

ミ:2004年だから、29歳の時ですね。初G1制覇はイタリアです。ドイツの初G1は翌年、ゴンバルダというランド産駒の牝馬で勝たせてもらいました。G1を2つ勝たせてくれた彼女は後にイギリス・チャンピオンSを勝ったファーの母となりました。

-:チェコ競馬は日本でそこまで有名な存在ではありませんが、日本の競馬とどのような違いがあるのでしょうか。

ミ:日本より障害レースが多いです。有名なヴェルカパルドゥビツカ(必見)という障害レースを筆頭に、障害のほうが人気がありますね。チェコでどこかのバーや飲み屋さんに入って、自分がジョッキーであると伝えると、間違いなく最初に「ヴェルカパルドゥビツカを勝ったことはありますか」と聞かれます。ドイツで4回もリーディングを獲っていて、日本で騎乗経験があっても、このレースを勝ったことはないですと言った瞬間、皆もう知らないという感じになります(笑)

-:ヴェルカパルドゥビツカは、初めて観た時、本当に信じられないレースでした。

ミ:オーストラリアでいうメルボルンCみたいな感じです。競馬を知らない人でも唯一分かるレースです。良い悪いはあるのですが、落馬が多く、それで熱くなって興奮するという感じで。ジョッキーと馬にとっては非常に激しくて、難しいレースです。本当にクロスカントリーみたいな感じになります。イギリスの馬が何度か来たことがあるのですが、まだ勝ったことがないです。なぜかと言うと、強いとか弱いの問題ではなく、ジョッキーもコースがどこか分からなくて迷ってしまうんですよ(笑)

-:チェコは日本の馬も種牡馬入りしていますね。

ミ:チェコには3頭、日本から来た種馬がいます。タイガーカフェ、ポップロック、ステキシンスケクン。3頭ともそんなに大きい繁殖牧場ではなく、家族経営のローカルのスタリオンステーションにいるのですが、とても良い馬生を送っていると思いますよ。

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