元騎手という視点から最新競馬ニュースを大胆解説。愛する競馬を良くするために、時には厳しく物申させていただきます。週末重賞の見所と注目馬もピックアップ!
雑草魂
2020/3/25(水)
皆様、こんにちは!新型コロナウイルスの影響はとどまることを知らず、とうとう楽しみにしていた東京オリンピックですら延期になりました。出てきたときは、早期に終息するかなと期待していましたが、まったくの逆で世界での蔓延が止まらず、ヨーロッパではとうとう外出禁止令までひかれた国もあります。日本ではそんな中でも外出をせざるを得ない人が多く、休日にもまだ出かけている人達も多いようです。
競馬界でもその影響は大きく、無観客だけでなく今週末に行われるドバイワールドカップもとうとう来年への延期が発表されました。開催を信じて、バイへと渡っていたルメール騎手や馬、そして関係者の皆様のショックは非常に大きかったと思います。まずは安全に帰国し、検査を突破して、また週末に素晴らしい競馬を見せてほしいと思います。早く終息してほしい新型コロナ。世界の頭脳がこぞって薬を考えてくれています。だからこそ、私達は無駄な外出を止め、少しでも感染の絶対数を減らすことを心掛けていきましょう。
競馬開催中止とまではいっていませんが、引き続き無観客となった日本競馬ですが、先週は3日間開催でした。まずは何と言ってもフラワーCで藤井勘一郎騎手が初のJRA重賞制覇を成し遂げました。形がどうとはいえ、まずは勝利したことが本当に素晴らしいと思います。世界を転々と飛び回り、日本で騎手にありたい、そう信じてきた彼の信念がいつしか少しづつ実を大きくし、韓国ではモーニンとのコンビでG1制覇。そして、JRA免許を取得。さらに、アブレイズで重賞制覇。
諦めずに、腐らずにやってきたからこその結果だと思います。まさに雑草魂ですね。トレードマークになったヘルメットに一枚ゴーグルをつけながら乗る独特のスタイルは、技術的には……。と、言う人もいるでしょう。それでも、彼の気持ちは折れません。だからこそ、前に進めるんだと思います。今回の勝利は、そんな気持ちの強さと続ける信念が読み込んだ勝利だったと思います。素晴らしい。
スプリングSでは南アフリカリーディングを2度取った22歳の若武者ヒューイットソンがJRA重賞初制覇となりました。他のレースを見ていても、まだまだ競馬を知らない22歳だなと印象を受けていましたが、馬乗りの技術は達者で、日本競馬に慣れることができればなと思っていました。そんな彼が早速、回答を見せつけてくれましたね。
レースはアオイクレアトールが逃げる中、シルバーエースが続き、ゆったりとしたペースで進みました。そのペースに出遅れた3番人気のファルコニアが早々とマクる形を取りました。ここで息をいれることができれば、ファルコニアにチャンスがあると思っていましたが、すぐにペースアップとなりました。この展開はファルコニアにとっては最悪の形となりましたね。これも出遅れたことが全ての競馬でした。
迎えた4コーナーでは、ペースアップ時に息を入れられることなく追い出す必要が出たファルコニアが一瞬ハナを奪うも、外からヴェルトライゼンデ、ガロアクリーク、サクセッションの3頭が併せの形で交わしていくと瞬発力勝負になり、見事ガロアクリークが初重賞を飾りました。2着には最低限の走りができたヴェルトライゼンデが入りました。こちらはまだ余裕残しな部分が見られましたし、瞬発力勝負では分が悪いというのがハッキリとしたことは収穫だったと思います。
サクセッション、ファルコニアに関しては少し勿体ない競馬になったというのが正直な感想です。この2頭は鞍上が上手く乗れていれば、権利の有無も変わっていたと思います。ただ、この騎乗内容で2頭とも掲示板に来ているのは地力があるからこそだと思いますね。しかし、皐月賞への権利も考えると非常に大きい着差になったと思います。
さて、今週はドバイワールドカップデーこそ無くなってしまいましたが、日本で高松宮記念が行われます。注目を集めるのが、ダノンスマッシュ、タワーオブロンドン、グランアレグリアの3頭になるのではないでしょうか。特にグランアレグリアは初のスプリント戦でどこまでできるのかという不安と、前走1400mで見せた圧巻の走りからスプリントでも!と期待したいところです。
プロフィール
松田 幸春 - Yukiharu Matsuda
北海道生まれ(出身地は京都)。1969年騎手デビュー。通算成績は3908戦377勝で、その中にはディアマンテ(エリザベス女王杯)、リニアクイン(オークス)、ミヤマポピー(エリザベス女王杯)など伝説の名馬の勝利も含まれる。1987年にアイルランドの研修生として日本人騎手では始めて海外の騎乗を経験しており、知る人ぞ知る国際派のパイオニア。1992年2月の引退後は調教助手に転じ、解散まで伊藤修司厩舎の屋台骨を支え、その後は鮫島一歩厩舎で幾多の名馬を育て上げた。時代を渡り歩いた関西競馬界の証人であり、アドバイスを求めに来る後輩は後を絶たない。