元騎手という視点から最新競馬ニュースを大胆解説。愛する競馬を良くするために、時には厳しく物申させていただきます。週末重賞の見所と注目馬もピックアップ!
感動てんこ盛り
2022/10/20(木)
皆様、こんにちは!円安がなかなか止まらず、とうとう149円後半に迫り150円台が目の前まできています。ここまでくると、国外へ積極的に出て行ったほうが賞金が高くなると海外レースへの出走を決める陣営も少なくないのではないでしょうか。海外から輸入されていてお求めやすいものがいきなり高級品に変わり、生活の当たり前が崩れてきています。日本の魅力、経済が活気を取り戻すように願っています。
そんな中でも感動したレースがありました。今年に入り重賞6勝目となった岩田康君とイズジョーノキセキが勝利した府中牝馬Sです。多くの方もご存じの通り、地方競馬では騎手それぞれが自分の勝負服をデザインし着用します。JRAのように馬主さん毎ではないのです。岩田康君が園田時代に着ていたデザインがイズジョーノキセキのオーナーの勝負服になっているんです。彼がJRAへの移籍を決断した際に、オーナーから打診があったと聞いています。そうやって支えてくれた馬主さんの馬で勝利した初重賞。内からソダシを目標にインを捌く真骨頂の騎乗に魂が震えた人が多かったと思います。
一時期から考えると乗り馬が減ってしまい、色々なことがありました。それでも不器用なだけで競馬に対して真っすぐで、人に対しても思いやりがある彼だからこそ、それを理解して応援してくれる馬主さんの初重賞を自身のスタイルで勝利したのには熱くなりました。今でも早朝のスタンドに誰よりも早く到着し、調教を手伝える馬がないかと準備していると聞きます。それだけ真っすぐ仕事に取り組んでいる彼です。だからこそ、もう一度G1の舞台で勝利の雄叫びが聞けることを心から願っています。素晴らしいレースでした。
日曜には牝馬クラシック最後のG1秋華賞が行われスタニングローズと坂井瑠星騎手が勝利しました。坂井君といえば海外修行を積極的に行いレベルアップを図り、ここまできた騎手です。このプランは矢作調教師の協力や動きなしでは語れないと思います。そんな彼の初G1制覇が秋華賞になりました。
スタート前にサウンドビバーチェが放馬するアクシデントがありました。騎手も馬も問題なかったことで無事レースへと出走できました。今回は阪神コースに問題があったかなと思います。本馬場入場をする際、手前とウィナーズサークルを超した奥と2つの出口が存在します。今回は2000mのため奥の出口だったのですが、馬が手前と勘違いして暴走する形でラチに激突してしまいました。これは今後、1つにまとめるや馬場入場する際の出口を広くするなどの対応が必要だと感じました。
いよいよスタート後、牝馬3冠が懸かるスターズオンアースが出遅れる形に。骨折の影響からゲート練習を多くすることができなかったのかもしれません。1コーナーでは配列が決まり、迎えた直線では少し早めにハナへと並び掛けたアートハウスにサウンドビバーチェが食らいつく中、外からスタニングローズがあっさり交わすと外から来たナミュールと内を捌くも出遅れの影響が大きかったスターズオンアースが入る決着となりました。
勝ち切った坂井君は安堵の表情が非常に印象的でしたね。同期の荻野極君に続いてのG1制覇にこちらもグっとくるものがありました。レース後には矢作調教師も坂井君に駆け寄り、それに気づいた高野調教師が先に師匠にお祝いをしてもらおうとスっと引いた姿は、皆が関係性を知っているからこそだなと感じました。素晴らしい瞬間を見せてもらいました。
今週はクラシック3冠最後の菊花賞が阪神競馬場で行われます。京都で行うのと少し展開が変わるため、初の3000mを走るメンバーかつ阪神コースということで予想が難しくなっています。その中でも私の注目はガイアフォースです。走りの質とスタミナはまさにこのレースに向いている気がしています。あとはパドックを平常心で回ることができるか、返し馬で落ち着けるかがポイントになりますので、その辺りもチェックしてください。
穴馬として面白いと思っているのはビーアストニッシドになります。岩田康君がレースを作る展開になると思っているので、前走は敢えて折り合いをつく練習をしているように見えましたし、自然に折り合いながらハナを奪える形になればチャンスもあるのではと思っています。人気を集めるヴェローナシチーやドゥラドーレスらも力はあるだけに距離適性が問題になるでしょうね。今週も感動が生まれることを願いながら、楽しみに観ましょう!
プロフィール
松田 幸春 - Yukiharu Matsuda
北海道生まれ(出身地は京都)。1969年騎手デビュー。通算成績は3908戦377勝で、その中にはディアマンテ(エリザベス女王杯)、リニアクイン(オークス)、ミヤマポピー(エリザベス女王杯)など伝説の名馬の勝利も含まれる。1987年にアイルランドの研修生として日本人騎手では始めて海外の騎乗を経験しており、知る人ぞ知る国際派のパイオニア。1992年2月の引退後は調教助手に転じ、解散まで伊藤修司厩舎の屋台骨を支え、その後は鮫島一歩厩舎で幾多の名馬を育て上げた。時代を渡り歩いた関西競馬界の証人であり、アドバイスを求めに来る後輩は後を絶たない。