安藤勝己騎手が引退、地方出身者のパイオニアが37年間の現役に別れ

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JRAは30日、安藤勝己騎手が現役を引退することを発表した。

安藤勝己騎手は1960年3月28日生まれ、愛知県出身。現在は坪憲章厩舎の調教助手である安藤光彰元騎手は実兄。光彰元騎手の長男で大井の安藤洋一騎手は甥っ子にあたる。兄の光彰、生年月日が同じで現在も笠松で現役を続ける濱口楠彦騎手と同日となる1976年10月20日に笠松競馬場でデビュー。デビュー3年目には早速、笠松のリーディングジョッキーに輝き頭角を現すと、東海地区のエースとして君臨し、JRA移籍時点までに地方通算3299勝をマーク。
中でも笠松在籍時代のオグリキャップの主戦騎手を務め、地方時代の12戦中7戦で騎乗しただけでなく、そのオグリキャップの妹にあたり、後にJRAへ移籍し、桜花賞を制したオグリローマンや、笠松からJRAの牝馬クラシック戦線に挑んだライデンリーダーとのコンビは語り草ともいえる。

その名馬とのコンビなどで徐々にJRAの騎乗機会を掴むと、JRAでもうち重賞10勝含む、通算100勝以上を挙げるなど活躍し、中央競馬への移籍を決断。2001年にJRA騎手試験を受験した。結果は不合格となったが、翌年“過去5年間に中央競馬で年間20勝以上の成績を2度以上挙げた騎手”に1次試験の学科試験が免除されるルールが適用され、2002年にJRA騎手試験に合格した。

そして、42歳ながら2003年3月から中央競馬所属騎手としてデビュー。移籍から僅か30日で、ビリーヴに騎乗して高松宮記念(G1)を優勝すると、同年にはザッツザプレンティで菊花賞を制しクラシックを初制覇。翌年には“クラシック変則二冠の代名詞”にもなったキングカメハメハとのコンビで史上初めて日本ダービーとNHKマイルCを制覇。地方競馬出身騎手として初めてダービージョッキーとなり、その手腕を如何なく発揮してみせた。

その後、競馬ファンにも鮮烈な印象を残した活躍は、デビュー12戦全てで手綱をとったダイワスカーレットとのコンビだろう。チューリップ賞での初対戦から天皇賞に至るまでのウオッカとの名勝負や、古馬を一蹴した有馬記念など、日本競馬史上にも残る名牝の軌跡は、名手のタクトなくして、語ることはできない。また、アドマイヤドンやダイワメジャー、ダノンシャンティなど、名馬は安藤騎手を語る上で欠かすことのできないパートナーであった。

近年は体力的な理由からも乗り鞍を絞る形で現役を続けてきたが、昨夏以降は体重の調整、体調もあって、騎乗数は更に減少。昨年11月24日を最後に騎乗は取りやめ。去就が注目される中、突然の現役引退発表となった。

その実績はさることながら、地方競馬からのJRA移籍で、その後に地方から移籍した小牧太、岩田康誠、内田博幸騎手ら、地方出身騎手のJRA移籍の先駆者として道を切り開いたことは、現在の日本競馬界にも多大なる影響を残した。

引退式は、2月3日(日)の京都競馬場で最終レース終了後に行われる予定となっているが、“アンカツ”の愛称で親しまれた名手の約37年間にわたる騎手人生は、ファンの脳裏に焼き付いたことだろう。

安藤 勝己
(あんどう かつみ)
1960年3月28日生まれ
[所属] 栗東・フリー
[JRA初騎乗] 1980年5月11日4回阪神8日目10R ヤマニンスキー (1着/12頭)
[JRA初勝利] 1980年5月11日4回阪神8日目10R ヤマニンスキー
JRA通算:6593戦1111勝
NAR通算:14259戦3353勝(中央移籍後:203戦54勝)