決意の脚質転換ミッキーアイル その真相に迫る
2015/3/22(日)
-:高松宮記念(G1)の出走を選択したミッキーアイル(牡4、栗東・音無厩舎)ですが、阪神Cでは滑る馬場で上手く走れず7着に負けた後の阪急杯でした。内容は勝ちに等しい2着だったのではないですか?
音無秀孝調教師:NHKマイルCの後、安田記念で大敗して、夏休みの後に休み明けの1400m(スワンS)を勝てました。そのレース以外は、NHKマイルC以降ではハナに行ったレースもあり、ハナに行きたくても行けないレースもあって、チグハグなことばっかりしているようなレースが多かったです。その後、阪急杯を使うことに決めたのは、高松宮記念を見据えて、そのステップで選んだのと、逃げないレースも考慮したということですね。
というのも、1400なら行く馬もいるだろうから、そこで行かないレースをできればしたいという思いもありました。高松宮記念は当然の如く、ハナに行こうとしても行けないはずだから、それだったら阪急杯で行かないレースをして、差すレースを経験してみたらどうかな、と。試してみたら、自分の得意な馬場ではないにも関わらず、シッカリ差してきたというところは見応えはあったかなと。2着に敗れはしましたが、そこは斤量差もあったから仕方ないと思いますね。
-:「得意な馬場ではないにも関わらず」とのことですが、阪急杯は不良馬場の発表でしたね。
音:マイナスですよ。ご覧のように、スピードがあるのでスピード優先。馬場だけなら、不良馬場は得意じゃないんです。ですから、ハナに行こうとも行かなくとも、やっぱりスピードが殺される道悪は苦手ですね。それが証拠に「ノメって走っていた」というジョッキーのコメントもありました。安田記念もかなり不得手な極悪馬場なのに、35秒台前半のラップを刻まざるを得なかったです。
ミッキーアイルの将来像について、並々ならぬ思いを明かしてくれた音無秀孝師
-:そういう意味で言ったら、阪神Cもあまり馬場が良くなくて、ジョッキーいわく「かなりノメっていた」という話でした。同じ条件の阪神Cと阪急杯で、この馬に対する結果の違い、相手も同じダイワマッジョーレが出ていましたし、その辺りはどういう変化がありましたか?
音:まず振り返ればあのレースは控える競馬をせずに、最初からハナを獲りにいく競馬をしても、切れるかどうかは別として、おそらくバタバタになっているでしょう。道悪が下手な上に、さらに行く競馬をさせれば二重に着順を落としますよね。安田記念も然り、あのスピードをどこで活かすか。“抜いた刀を収めるか、収めないでそのまま抜いてしまうか”ですね。持ち前の刀を前半に使い切ってしまい、1ハロンが長いというレースをずっと見てきましたからね。マイルCSの時も阪神Cでも、やっぱり同じように行きたがって、行こうとしたが、内枠の馬に機先を制されたと。
浜中君はその時「追い掛けちゃいました」と言いましたよね。しかし、ゲートを出て、1ハロン近くずっと追っ付けていますよ。と言うことは、馬には“行け!”と指示をしている訳ですよ。それで、追い掛けてしまったというのもありますが、阪神Cのレースもハイペースだったのですよ。
-:自ら選んで不利な中に飛び込んで行ったと。
音:ええ、そうですね。それで、特にその2つのレースを振り返った時に、“もう行かないレースをするしか将来はない”とそれ程に思いましたものね。あれほどの馬の、あれぐらいのスピードをハナに行くことで殺してしまうのかと。それは耐えられないから、その後の冬の放牧でずっと行かないレースのシミュレーションをしていたのですよ。放牧地のノーザンファームしがらきに指示をして、いつも前に2~3頭置いた形で調教をしてもらったのです。厩舎に入って来てからも、今まで全く同じ、毎日、前に馬を置いています。たとえ普通キャンターであっても、同じようなことをしています。
「今日も追い切りをしました。前に馬を置いて、2馬身ぐらい後をトコトコ付いて行きました。ちゃんと折り合ってますよ。普通キャンターもできるし、追い切りもできる。競馬でもできない訳がないんです」
今日(3/18)も浜中君で追い切りをしました。前に馬を置いて、2馬身ぐらい後をトコトコ付いて行きました。ちゃんと折り合ってますよ。普通キャンターもできるし、追い切りもできる。競馬でもできない訳がないのです。それをずっとやってきた成果が、いきなり阪急杯でも現れましたが、「ゲートをポンと出た時に行かさないでね」と、お願いしました。
僕は結果をジョッキーのせいにして、(騎手を)替えるなどは一切考えていません。同じジョッキーで違うレースをしてもらうということは、最初から思っていましたし、G1を勝ったジョッキーをなかなか交代という訳にもいきません。浜中君もそれに応えて、ちゃんと馬を行かさないようなだめて乗ってくれましたし、今後も引っ掛からないのであれば、マイルでもまた同じように行かないレースをして、差す競馬をしてほしいと思いますよ。
-:今度の舞台というのは、中京の左回りの直線の長いコースです。先週の中京の時計を見ても、あまりこの馬向きにはならないのではないか、という予想があります。雨が降らなくても多少荒れた、時計の掛かる馬場にはなりそうです。馬場はこなせそうですか?
音:実は今の阪神もよく似ていますよね。要するに、今の競馬会の馬場造園が従来のように芝のカットをしないんですよ。そうしたら、馬場が傷まないというのが分かってきて、どこの競馬場でもそうすると思うんですよね。その分だけ、若干重くなっていますね。ですから、ケツから行っての追い込みも以前のように効かないし、かと言って先行馬有利にはなっていないケースもあります。とはいえ外差しもそんなに決まる訳じゃない。それは内が荒れても、外回る分だけ損だよ、という証かなという考えがありますね。
-:ディープインパクト産駒にとったら、もっと以前の京都のようなパンパンで軽い馬場の方が、瞬発力の絶対値で来るようなことができたと思います。しかし、この馬はそれほどディープ色が強くなく、スピードもあるし、ケツからドーンといくタイプでもないので、今の中京、古典的な競馬の良さが出やすい条件設定でもこなせるということでしょうか?
音:不安は中京、阪神云々じゃなくて、左回りも経験していますが、今度は1200ですからね。初の1200で差すレースができるかどうかという……。多分、行けないから、道中は差すレースになると思うんです。しかし、差してくるかどうかが問題でしょう。
-:行かそうと思えば、このメンバーでも行けるのではないですか?
音:いや、止めた方が良いと思います。先ほどの通り、今後のためにやっている訳で、二度とハナに行くレースはしてほしくないんです。行けても、そういうメンバー構成になっても行かないで、また元の木阿弥です。せっかく努力して毎日のようにやってきている訳ですからね。
「前回はそこをすごく心配したんですよ。返し馬が終わってゲート裏に行ったら『この馬はものすごくテンションが上がる。ひょっとしたら掛かっちゃうかも』という心配もしていました」
-:競走馬というのは、レース当日のテンションがトレセンとは違う入り方になっていると思うんですよね。その中で、普段できていたことでも、普段のことを反復できるかということがテーマですね。
音:前回はそこをすごく心配したんですよ。浜中君も「普段はなんぼでもできるんやけど」と言って、返し馬が終わってゲート裏に行ったら「この馬はものすごくテンションが上がる。ひょっとしたら掛かっちゃうかも」という心配もしていました。しかし、前回は1400でしょ。それほどスローになる訳じゃないから、その心配は無用だったんですよね。それで、枠が問題ですよね。外枠を引くのか、内を引くのかでも違ってきます。もちろん行くのであれば内枠に越したことはない。行かなくても、ソコソコの真ん中より内が良いかなと、個人的には思いますね。それは、馬のレース運もあるので、やっぱり外を引いても、対処できるように考えてほしいと思いますね。
-:阪急杯は馬の後ろに入れて折り合うという形ではなかったですよね。ほとんど2番手くらいでした。
音:そうですね。内枠を引いて、前に馬がいないから。
3/18(水)、坂路での一週前追い切り
4F50.9-37.4-24.8-12.6秒をマークした
-:前に馬がいない状況の中で、逃げずに結果上位入線という形だったと思いますが、今回の高松宮記念というのは、どこかで馬の後ろに入れるということになると、もしかしたら燃えてしまって、行く気になってしまったら怖いですね。
音:これまでモマれ込んだケースがあまりないから、そこが危惧しているところですよ。1200だから、カチンと引っ掛かる暇はないと思います。だから、この間の阪急杯もそこを懸念したのに心配はなかったでしょう。
もう一つ、あの馬は追ってからフラフラします。それがハナを切った原因にもなったのですよ。新馬戦では「3~4番手で差すレースをしよう」と僕がアドバイスをしたのです。浜中君も行かないレースをして差すレースをした。ところが、あと1ハロンくらいのところで、先頭に立ったら内に跳び込みましたね。実はあれが、彼のトラウマになっているんですよね。
その後に短期放牧に出して帰ってきたら、直線に向いてムチで追い込んだりするのが嫌だから、ハナに行ったんですよ。まあ、レコードで勝っていますが、あの馬はそれ以来、ずっとハナに行ったのです。浜中君はフラフラさせないで、ずっとラチを走った方が楽だから。実はあの新馬戦がそうさせているんですよね。
その時、できるだけ左右に跳び込んだり、ヨレたりしないハミに替えているんですよ。最近の新しいトライアビット。中が棒状になっています。どっちを強く引っ張っても、片方で均等に掛かりますから。だから、馬の方も内にモタれたりだとか、逆に言うと、あまりしにくいんですね。それで彼に、「今度のハミは真っ直ぐ走るはずやから」と言って、暗示を掛けたのもあるんですよ。毎日、そのハミを着けて稽古をしていますしね。
-:毎日着けていると効果がボヤけてきたりだとかはしませんか?
音:それはないです。慣れないから、競馬の時だけ着けるのは良くないですね。トライアビットでずっと慣らしています。それは牧場でもずっと着けています。実はある牧場でほとんどの馬が使っているんですよ。その利点を場長が最初に僕に言ってくれましてね。どの騎手でも右利きは右が硬くなる、左利きは左が硬くなる傾向があるのですよ。どちらも同じように掛かるということは良いことで、誰でも上手いことハミをつかえる利点はあります。
「阪神CもNHKマイルCも超ハイペースになっています。その原因は浜中君の『ハナに行かなきゃいけない』という心理なんですよ。トライアビットはその心理を和らげるための作戦だったのです。しかし、浜中君は阪急杯で上手くいったから、もうトラウマから解放されているはずなのですよ」
-:ただ、ミッキーアイルがモタれていたというのは、新馬当時の体が今よりも幼かった時じゃないですか。現時点での坂路の動きや、レースでの走りを見ていると、そんなことはもうないのではないでしょうか?
音:いや、それが甘くないんですよ。2歳時に中山のひいらぎ賞でムーアが乗りましたが、「内にモタれるから気を付けてね」と言ったのですよ。彼もそればっかりが頭にあったのでしょうね。すると、直線に向いて追い出したら、外に外に膨れて行きました。外がダメだったら、今度は内に行ったり……、結局上がってきて言った言葉が「どっちにも行く。馬がまだ若いです」という答えでした。これは浜中君が乗っても同じようなことを言うから、どちらにも行くんやなと。
NHKマイルCでもフラフラしているんですよ。どちらでも行くというのは、片方だけを矯正するのは無理でしょう。それで、トライアビットになったんですよ。しかし、今は大人になったと思ったら大間違いで、やっぱりダメなんですよ。NHKマイルC、安田記念は全部ノーマルハミで行きましたね。その後の秋の緒戦も、2戦目もノーマルで、一つは勝ちましたが、あとは散々な目に遭っているのです。阪神CもNHKマイルCも超ハイペースになっています。その原因は浜中君の「ハナに行かなきゃいけない」という心理です。その心理を和らげるための作戦だったのです。しかし、浜中君は阪急杯で上手くいったから、もうトラウマから解放されているはずなのですよ。
-:ようやく新馬戦のトラウマが、この阪急杯で解けたと。
音:そうです。そこで懸念するのは、先ほどの通り、揉まれ込んだケースがないこと。あの馬は馬込みを怖がったりはしません。そして、ハナに行くのは馬が怖いからじゃないのですよ。
-:初の1200でも、後方から一気に来るというパターンじゃなく、先行集団の中でポジションを獲って、そこから早めに抜けてくる脚はあると思うので、あとはどれだけ府中と似た長い直線を頑張り通すかですね。
音:そうですね。この前も、浜中君にアドバイスしたのは、あの馬はトップスタートを切る時が結構あります。それでも、パーンとスタートを切った時に、“もう馬ナリだよ”という競馬ですね。今度も押さないでジッとしていれば、どこら辺で競馬しているかというのが分かりません。1200というのはみんな行くのでね。しかし、それが頭にあって乗るだろうから、ひょっとしたら行く馬が決まった時点で、自分が好きな位置を獲りにいくかもしれないですし、多少追っ付けてもね。1200だから、そういうのはありかなと。
ミッキーアイル・音無秀孝調教師インタビュー(後半)
「最終調整も手控えるつもりはなし」はコチラ⇒
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プロフィール
【音無 秀孝】 Hidetaka Otonashi
1979年に騎手デビュー。1985年のオークスをノアノハコブネで制したが、通算は1212戦85勝と決して振るわなかった。脚光を浴びるようになったのは厩舎を開業させてから。開業年にイナズマタカオーで重賞を2勝。 以降も坂路を主体とした調教方法で実績を積み重ねると、オレハマッテルゼ、ヴィクトリー、オウケンブルースリ、カンパニーらのG1馬を輩出。常にリーディング上位に名を刻む栗東のトップステーブルとして、地位を固めている。今年はミッキーアイルとともに短距離路線制圧を目指す。
1954年宮崎県出身。
1994年に調教師免許を取得。
1995年に厩舎開業。
初出走:
95年6月24日 3回中京3日目12R キーペガサス
初勝利:
95年7月23日 2回小倉4日目11R イナズマタカオー
【高橋 章夫】 Akio Takahashi
1968年、兵庫県西宮市生まれ。独学でモノクロ写真を撮りはじめ、写真事務所勤務を経て、97年にフリーカメラマンに。
栗東トレセンに通い始めて18年。『競馬ラボ』『競馬最強の法則』ほか、競馬以外にも雑誌、単行本で人物や料理撮影などを行なう。これまでに取材した騎手・調教師などのトレセン関係者は数百人に及び、栗東トレセンではその名を知らぬ者がいないほどの存在。取材者としては、異色の競馬観と知識を持ち、懇意にしている秋山真一郎騎手、川島信二騎手らとは、毎週のように競馬談義に花を咲かせている。
毎週、ファインダー越しに競走馬と騎手の機微を鋭く観察。馬の感情や個性を大事に競馬に向き合うことがポリシー。競走馬の顔を撮るのも趣味の一つ。
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