国枝栄調教師インタビュー前編 名伯楽が歴史的名牝たちの秘話を語る
2024/9/16(月)
成瀬琴(以下琴):いよいよ秋のG1シリーズ突入ということで、本日は秋競馬の"キーマン"のお一人である国枝栄調教師にお越しいただきました!国枝先生、本日はよろしくお願いいたします。
国枝栄調教師(以下国):はい、よろしくお願いします。
琴:まずはだいぶ遅くなりましたが、ステレンボッシュで桜花賞制覇、おめでとうございます!
国:ありがとうございます。勝てて良かったですし、モレイラはやっぱりスゴいなと思ったね。スタートは決して速くなかったし、五分というよりはちょっと安目を売ってしまう形だったんだけど、そこからちゃんとポジションを取って、馬を内目に入れながら走る気にしておきつつ、ソツなく進路を確保すると終いはビュンと伸びてきた。さすがモレイラだよ。
琴:モレイラ騎手の技が光りましたね。
国:もちろんステレンボッシュもスゴいんだけど、モレイラも上手いことちゃんと動かしてくれたのが大きかった。この前も札幌でルージュアルルという馬を頼んだんだけれど、この馬は3勝クラスで少し頭打ちになっている中で、8着とはいえうまく乗ってくれていたの。見ていてしっかり乗ってくれているのが伝わってくるよね。
琴:私もモレイラ騎手には馬券的にもよくお世話になっています(笑)。続くオークスで二冠獲りに挑んだステレンボッシュでしたが、チェルヴィニアに惜しくも敗れ2着という結果でした。
国:オークスはチェルヴィニアが強かった。(戸崎)圭太も上手く乗ってくれていたんだけどね。ルメさんは自信があったのかな、ソツなく外へ出して伸びてきた。ステレンボッシュも頑張ってくれたけれど、やっぱり外はノビノビと伸びる(笑)。その分の差はあったかな。
琴:リベンジマッチとなる三冠目、秋華賞への手応えはいかがでしょう?
国:うん、いいよ。この前もノーザンファーム天栄に行って見てきたんだけど、オークスが終わった後に天栄に行ってから暑い中でも何の不安もなく成長してきてる。順調だよ。
琴:実は私、先日天栄にも取材に行かせていただいて、そこで「ステレンボッシュは牝馬三冠の中でも特に秋華賞の舞台が1番合っているかもしれない」という話を伺っているんです。
国:それはいい話を聞いたね(笑)。チェルヴィニアがどういう競馬をするかだけど、秋華賞の舞台はトリッキーというほどじゃないにせよ、内回りなんでソツなく乗れる方がいい。そういう意味ではステレンボッシュにはいいと思う。
琴:先生から見てもやはり一番のライバルはチェルヴィニアなのでしょうか。
国:当然。一番のライバルだよ。強いよね。ステレンボッシュがルメさんを背に阪神ジュベナイルFで2着に来て賞金稼いだから、ルメさんに「桜花賞頼むよ」って言ったら、即答で「いやボク乗れません」っ断られちゃったんだよ(笑)
その時からもう向こう(チェルヴィニア陣営)はルメさんを押さえていて、相当な能力を秘めていると分かっていたんじゃないかな。実際桜花賞はこっちが勝ったけれど、オークスはアッサリ負けちゃったもんね。
琴:国枝先生といえば三冠牝馬のアパパネ、アーモンドアイらを管理されてきましたが、この2頭と比較するとステレンボッシュのポテンシャルはいかがでしょうか?
国:アーモンドアイは別格なんだよね。アパパネは走る女の子っていうイメージ。アパパネとはそう差はないと思うな。遜色ないんじゃないかな。まあ、あとはこれからも無事に使っていけるかどうかが重要だよ。
琴:ファンの皆さんはステレンボッシュの"秋華賞の後"も気にされていると思います。今のところのプランを言える範囲でお聞きしたいです。
国:秋華賞を勝てば、アーモンドアイと同じくジャパンCが見えてくる。エリザベス女王杯もあるけれど、ジャパンCは斤量的な魅力がある。あのレースは3歳牝馬が好成績を残してきているから。まあ、それに値する勝ち方をすればなんだけどね。アーモンドアイの時は完全にこれはいけるっていう手応えがあった。
琴:まずは秋華賞に全力投球ですね。
国:もちろん。ウチは今年、夏になってからもう一つ流れが良くないところがあるんだけど、勝ちたいね。
琴:先ほど「アーモンドアイは別格」という言葉がありました。長らくこの世界に携わる国枝先生からしてもそのレベルの馬だったのでしょうか。
国:そうそうそう。アーモンドアイは個人的にだけど、ダービー、凱旋門賞もいけるんじゃないかっていう、それくらいのレベルの三冠馬だった。
琴:個人的には凱旋門賞というと特殊な馬場のイメージがあるのですが、馬場などは問題なさそうでしたか?
国:今考えると、相当ひどい馬場になるとどうかなとは思う。でも当時の感覚だとどこに行っても良い勝負になるなっていうイメージがあったんだ。
琴:先生にそこまで言わしめるアーモンドアイの"凄み"は具体的にどのあたりにあったのでしょうか。やはり走り方が違ったのでしょうか?
国:あの馬はね、跳びが大きく"ビョーンビョーン"って走るというより、バネがいいから"パパパパーン"って感じで走る馬だったんだ。これは文章だとうまく伝わらないかもしれないな(笑)。でもあれは筋力が違うからできた走り方だったと思う。
大きなこと言うと、今の大谷翔平くん。そんな馬だったよ。普通の馬はレースを使っていくと大体天井が見えるんだけれど、アーモンドアイはレースに出るたびにすごいパフォーマンスをドンドンやってた。まさに別格。それだけに息子のアロンズロッドがこれからどうなるか。
琴:今お名前が上がったのでアロンズロッドのお話も伺いたいのですが、夏の新潟デビューの予定を変更し、秋デビューに変更となりましたね。調整のほうはいかがでしょうか。
国:ちょっとだけ気になることがあって、今年も夏の新潟は暑かったでしょ。スゴく暑い中でリスクを背負って使う状態ではないなということで、仕切り直して秋の東京ということにさせてもらったんだ。
ノーザンF天栄で調整中のアロンズロッド
琴:アーモンドアイの子どもということで、やはり感慨深いものはあるのでしょうか?
国:それはもちろん(笑)。アパパネの子どもがデビューする時もそうだったから。
琴:アロンズロッドとお母さんはどのあたりが似ているのでしょうか。
国:うーん、どうなんだろう。母親が偉大すぎたからね。でも普通にいい感じで走れると思う。動きも以前よりいい。その先は、それは分からない。今後の成長力というか、どの馬も使っていってドンドン変わっていく必要があるから。
琴:ちなみにデビュー時のアーモンドアイはどんな印象でしたか?
国:もうアーモンドアイはウチに来て最初にウッドコースで調教をやった時から、え?こんな馬いるの!?って感じだったから(笑)。本当にウッドコースの動きはスゴいんだよ。あんな走りするの!?って感じで、調教をやっていてもとにかくスゴかったんだ。
今だから言えるんだけど、「1400mの新馬戦でデビューさせましょう」って言われて、「それはちょっと…」と思った(笑)。負けるとしたら新潟の芝1400mかなとは思っていて、気のいい馬がポンとスタートを切ってスムーズに運ばれてしまうと差し遅れるかもしれないなと考えていたら、ホントにその通りになってしまった。
琴:国枝先生の著書で、"アーモンドアイはレースで力を出し切る"と書かれていたのですが、こちらについてはどのような苦労があったのでしょうか。
国:レースが終わってから熱中症みたいな症状になっちゃうんだ。オークスの時も勝った後に脱水でフラついてしまってね。
一番ひどかったのは秋華賞の時。レースが終わって上がってきてから倒れそうになって。フラついちゃって、もうとにかく水をかけて冷やしたんだけど、あの時は大変だったよ。
琴:そんなご苦労があったとは…。その分、アロンズロッドにはより感慨深いものがありそうですね。
国:そうだね。まあどの馬もそうなんだけど、新馬戦に出るまではドキドキだね。
国枝調教師注目の2歳馬大公開!注目のインタビュー後編は9月22日日曜日に公開予定です!
プロフィール
【国枝 栄】Sakae Kunieda
1955年4月14日、岐阜県生まれ。東京農工大卒業後、78年に美浦・山崎彰義厩舎で調教助手となる。90年に厩舎を開業すると99年スプリンターズSをブラックホークで制しG1初制覇。それ以降もマツリダゴッホやアパパネ、アーモンドアイなど10頭のG1馬を育てあげた。リーディングトレーナー争いの常連でもあり、栗東留学のパイオニアとしても知られ、その人柄に惚れこむホースマンは枚挙にいとまがない。多くの名馬と多くの人を育て上げている日本競馬屈指の名伯楽。