関係者の素顔に迫るインタビューを競馬ラボがオリジナルで独占掲載中!

酒井貴之調教助手

母ディアデラノビアが3着と飛躍したオークスの舞台には間に合わなかったディアデラマドレだが、その先は厩舎、担当者とも同様の布陣で臨んでいる超良血。夏場も休ませることなく賞金を加算し、3歳の内にエリザベス女王杯の舞台に辿り着いた。母の僚馬だったシーザリオの子エピファネイアは菊の大輪を手にしたが、今度はこの一族が輝く舞台。悲願を誓う酒井貴之調教助手の、涙なくして読むことができない決意をご覧いただきたい。

3つの敗戦が2連勝の糧

-:条件戦を2連勝しているディアデラマドレ(牝3、栗東・角居厩舎)についてですが、エリザベス女王杯に向けて、夏場に小倉で2戦競馬を使っています。その2戦の敗因から伺ってもよろしいですか?

酒井貴之調教助手:あの小倉の2戦が余分だったという話はチラホラ聞くのですが、僕自身としては、小倉の2戦があったからこそ今があると思っています。小回りの競馬場なので、ある程度の位置を取りに行くことになって、そこで器用な馬だったら勝ち負けになるのかもしれませんが、この馬にとってはリズムに合わない競馬をしてしまったのが敗因かなと思います。それで逆に腹を括れたというのがあの2戦。3戦目に阪神の広いコースに行った時に、馬のリズムを大事に、“ポジションはどこでも構わないので、我慢をして終いを弾けさせるような競馬ができたら”という風に伝えました。蓋を開けてみたら、それであの子の競馬を見つけてあげることができたのかなと思います。

-:春のスイートピーS(9着)も後方からのレースでしたが、その敗因はどこにあったのでしょうか?当然競馬なので負けることもあるのですが、想像以上に負けた印象がありました。

酒:あの時はまだ新馬一回しか使っていなかったので、この子のことを分かっていないところがまだいっぱいあるという状況でした。一回使って凄い勝ち方をしたというだけだったので、もちろん権利を取るに越したことはなかったのですけれど、輸送の面もそうですし、骨折明けの初戦ということを踏まえれば、無事に帰ってきてくれたことが何より大きいことでした。小倉2戦目に康太(藤岡康太騎手)が乗るようになる前までは、凄くイレ込んでいたんですよ。今でもそういう風に見えるかもしれないですが、今とは全然違って、ゲート裏に来たらずっと尻尾がビンビンに立つくらいにイレ込んでいたんですね。

お母さん(ディアデラノビア)もそうだったんですが、レースに行くとどうしてもテンションが高くなってしまって、そこは血統なのかもしれませんね。スイートピーSの時は、ノリさん(横山典弘騎手)もゲート裏で「テンションが高いね」と言っていて、それで馬のリズム、テンションを逆撫でしないように、終い勝負という乗り方になったと思います。それが阪神の3戦目になった時に、ようやく落ち着くようになりました。ここ3戦はずっとゲートの中も落ち着いていますし、そういうテンションの問題を馬がクリアしたのが、当時と一番違うところなのかなと思います。




-:お母さんのディアデラノビアの話が出たのですけれど、この馬とお母さんはフットワークが少し違いませんか?

酒:お母さんの方は首が高くて、ピッチ走法で、高速回転という感じだったと思います。こちらはトビが大きくて、尚且つピッチとストライドを使い分けられるタイプですね。ただ、入厩当初はこの子も首の高いところがあったので、そこに注意して調教するようにしていました。今はフォームとして完成されていて、安定した良いフォームで走れるようになったのかなという風に思います。

-:しかも、全開で走っている時がこの馬にとって一番キレイなフォームに見えますし、抜けきってからも真面目に走って加速がついているのが凄いところだと思います。あとは右回りなのですが、最後の直線で、若干内にモタれるところがありませんか?

酒:あんまりそういう癖のあるタイプではないと思うので、右回りに関しては問題ないと思います。

18番目で入ったチャンスを絶対モノに

-:エリザベス女王杯に向けて、ファンが気になるところは疲れだと思います。夏に2戦。そこからまた2戦使っているというローテーションですね。

酒:ウチの厩舎のスタイルで行ったら、異例中の異例ですからね。

-:でも逆に言うと厩舎力というか、そういうものを感じます。違う話かもしれないですけれど、例えば連闘で出てきた時の角居厩舎って、結構いいイメージがあります。角居厩舎の連闘の馬に乗ったことがあるジョッキーとも話をしましたけど「全然馬が生きてたで!」と言っていました。

酒:嬉しいですね。

-:その話を思い出して、ローテーションが厳しいというだけでディアデラマドレを甘く見ると、大変な事になりそうな気がしています。

酒:前走も休み明けから4走目だったんですが、その後、変則開催で1週間キッチリ休ませて、引き運動で疲れを取っているので、馬自体は疲労が蓄積されていても全然ゴタゴタしていることはないですね。できうる限りの最善を尽くしています。前走後は息もすぐ入って、実質最後の直線しか競馬をしてないので。





-:昨日、1週前追い切りが終わりましたね。動きとしては余裕を残したゴールだったと思うんですけど、酒井さんの目にはどう映ったのか説明してもらってもいいですか?

酒:康太が乗ってくれて、馬場が悪かったので芝コースで追い切りました。サラッとじゃないですけど、来週にも追い切りがあるので、先週の日曜日に大きめをやって、今回は馬の状態を確認する感じの追い切りでした。康太もいい感触を持ってくれたみたいですし、走りとしては問題なく、1週前としては予定通りきているかなと思います。

「他の馬との勝負となると、どうしても力んでしまったり、あれこれ作戦を考えたりとなってしまうので、それよりは、ここ2戦で見せたこの子の最高の走りで大舞台に挑んでほしいと思います」

-:あとは、力関係だけですか?

酒:他の馬との勝負となると、どうしても力んでしまったり、あれこれ作戦を考えたりとなってしまうので、それよりは、ここ2戦で見せたこの子の最高の走りで大舞台に挑んでほしいと思います。自分との戦いの中で、どれだけ終いを爆発させられるのかなという部分だけです。せっかく18番目で入ったチャンスなので、絶対モノにしたいと思います。

-:春のスイートピーSは、勝った馬がリラコサージュ(秋華賞3着)だったんですけど、あの時のコンディションや、先ほど言われたようなイレ込みを考えると、そんなに力差はないわけですよね。

酒:G1はそれこそディアデラノビアからの悲願なので、スイートピーSの時は“勝ってオークスへ“とは思っていましたけど、それと同時に不安要素というか、先程も言った故障明け、イレ込みとかもありました。それをこういう風に持って行ったのは、僕たちの中のプランとしては手探りという感じもありました。とりあえず今1週前で、馬がどういう状態か、また更に当該週、レース前にどういう風に持って行きたいかというのが見えています。その道筋どおりに、いかに人間が焦らず、当たり前のことを当たり前にやっていくか、それだけです。



ノビアの経験を娘のマドレで

-:お母さんのファンも多いと思うので、性格面でのお母さんとの違いを教えていただいていいですか。

酒:お母さんも競馬を重ねるごとにいろんなことを覚えていって、成長していってくれました。この子もそういった意味では2戦目、3戦目、4戦目と、学習していった部分が多々あります。自分の中でスイッチを持っているところだとか、顔とか、仕草と言ったら変ですけど、ノビアに手入れをした時のことを思い出しながら手入れをして、向こうも「気持ちいい」って反応を見せてくれたりすると、すごく似てるなって思いますね。

-:角居厩舎といったら、シーザリオの子供であるエピファネイアが念願のG1を勝って、それに続けと言わんばかりに、ディアデラノビアの子供がまたG1の舞台に登場するというので、楽しみですが、そればかりではなく、それに向けての調整は過酷だろうとも思います。ディアデラノビアのファン、ディアデラマドレのファンそれぞれに、メッセージを頂いていいですか。

酒:ディアデラノビアの引退が決まって、トレセンから送り出した時から、いずれは子供に、できれば牝馬に携わりたいな、と思っていました。そして、どうしてもG1を獲りたいと。お母さんの時に獲りたかったんでね。ディアデラノビアには、競馬に出走することそのものの難しさや、いい状態で出る難しさ、G1に出ることの難しさをいっぱい教えてもらいました。

-:お母さんと共に経験したことを、娘に。

酒:やっぱり、お母さんで学んだことは絶対的な僕の財産です。今回、18番目で出られたことはすごくチャンスだと思うんで、モノにしたいです。

「ディアデラノビアの引退が決まって、トレセンから送り出した時から、いずれは子供に、できれば牝馬に携わりたいな、と思っていました。そして、どうしてもG1を獲りたいと」

-:馬にとっては過酷なローテーションかもしれませんけど、18番目に入ったという運を生かし切って、尚且つ、積み上げてきた実績は運じゃなくて、力でもぎ取ったものだと証明できる場所になればいいですね。

酒:そういう大舞台だと思うので、思いっきりこの子の力を見せられるようないい状態で走らせてあげたいですね。ノビアの時から、ファンや牧場関係者にいっぱい支えられています。こうしてまた娘を担当させてもらえるのは、幸せなことだし、感謝しかないですね。

-:今度ディアデラノビアに会いに行った時は、娘のことを報告しないといけないですね。

酒:そうですね。マドレが生まれた時や、兄のディアデラバンデラの時も会いに行きました。

-:では、生まれた時から見ている馬なんですね。

酒:そうですね。こんなに幸せなことはないです。

-:手塩にかけたマドレがどれだけの走りをするか、来週楽しみにしています。

酒:頑張ります。

-:ありがとうございました。





【酒井 貴之】Takayuki Sakai

名古屋の大学に通っていた当時、興味があったのがサッカーと競馬。“男として好きなことを仕事にしたい”と思いたって、この世界を志す。夏休みを利用して、北海道の三栄育成牧場でアルバイトをし、大学卒業後は就職。乗馬練習で落馬し入院したことにより、BTCを受験して合格。その後は社台ファームで4年間勤務した後に競馬学校を経て、小原伊佐美厩舎でトレセン生活が始まる。角居勝彦厩舎には開業2年目から12年間勤務しており、これまでにマドレの母であるディアデラノビア、インセンティブガイ、カネヒキリ(500万を勝利するまで)などを担当してきた。


【高橋 章夫】 Akio Takahashi

1968年、兵庫県西宮市生まれ。独学でモノクロ写真を撮りはじめ、写真事務所勤務を経て、97年にフリーカメラマンに。
栗東トレセンに通い始めて17年。『競馬ラボ』『競馬最強の法則』ほか、競馬以外にも雑誌、単行本で人物や料理撮影などを行なう。これまでに取材した騎手・調教師などのトレセン関係者は数百人に及び、栗東トレセンではその名を知らぬ者がいないほどの存在。取材者としては、異色の競馬観と知識を持ち、懇意にしている秋山真一郎騎手、川島信二騎手らとは、毎週のように競馬談義に花を咲かせている。
毎週、ファインダー越しに競走馬と騎手の機微を鋭く観察。馬の感情や個性を大事に競馬に向き合うことがポリシー。競走馬の顔を撮るのも趣味の一つ。