予算3000万円で挑んだ馬主に密着!お目当ての馬は買えたのか!?
2018/7/13(金) 13:30
日本最大の競走馬セール「セレクトセール2018」が、7月9日(月)と10日(火)、北海道苫小牧市のノーザンホースパークで行われた。競馬ラボの現地取材班は、数頭の所有馬を持つ馬主・A氏に密着し、戦いぶりを間近で見る機会に恵まれた。今年2日間で179億円の売り上げを計上した『モンスターセール』に挑んだA氏は、お目当ての馬をゲットできたのか?その奮闘ぶりをレポートする。
「2億え~ん!2億え~ん!2億1000万円、いかがでしょうか!」
会場に、セリ人の大きな声が響き渡る。日常生活をしている上でまったく聞くことのない金額が飛び交う、非日常的な空間。会場内の熱気や不気味とも言える静けさも伴って、独特の雰囲気が醸成されていく。
購買者は様々だ。財界の大物から著名人、そして見た目からして若く、いかにもヤリ手な社長……。彼らによって展開される『マネーゲーム』は見ているこちらの金銭感覚を麻痺させる。セール後にコンビニで飲み物を買う際、店員から「108円になります」と言われた際に安心感すら覚えるほどだ。
7月9日、月曜日。ひと雨降りそうな曇天の中、北の大地で行われたビッグイベント「セレクトセール2018」に、ジャケット姿の1人の男性が姿を現した。IT系ベンチャー企業のトップを務める馬主・A氏だ。
5回目の参戦となる今回の予算は約3000万円。1頭あたりの平均価格が4300万円ほどにもなるこのセリにおいて、この予算でいい馬を落とすとなると、様々なテクニックが必要となってくる。
▲多くの購買予定者が目当ての馬をチェック
基本、サラブレッドセールは、親交のある調教師と綿密な打ち合わせを重ねて『狙い』を絞っていくわけだが、その方法は馬主によって異なる。熱心な馬主の中には数ヶ月前から北海道に通い、目当ての馬の成長ぶりをチェックする者もいるくらいである。初日の朝も、1歳馬セールの開始2時間前から会場に併設されている各牧場の厩舎前で、多くの購買予定者が目当ての馬を歩かせ、未来の愛馬を吟味していた。
購買予定の馬主と一言で言っても、選び方は人それぞれ。自分の気に入った馬を中心に購入する人、自分で候補をあらかじめ探し、調教師と話し合い決めて購入する人、調教師が推薦する馬を中心に購入する人……。その中でA氏は、親交のある調教師が推薦する馬を中心に購入するスタイルだ。
今年の狙いを聞くと「エピファネイア産駒か、ジャスタウェイ産駒がほしいんです」と言った。この2頭の種牡馬の産駒を中心に、調教師からのアドバイスを聞きながら、もちろん自分の好みで予算内におさまりそうな馬に目星をつけ、チョイスしていく。
調教師も忙しい。馬主への営業をしつつ、上場される500頭近い馬のほとんどを自分の目で確認し、事細かにメモを取っていく。調教師の腕の見せどころでもあるこの仕事は、膨大な作業量であることから言葉で言い表せないほどの難しいものだ。
午前10時。今年もセレクトセールの幕が開けた。上場番号1番・シャケトラの半弟にあたるサマーハの2017についた価格は1億3500万円。トップバッターのミリオン超えに会場がザワつく。まだ場の空気が温まっていない中での出来事だっただけに、驚きの声も上がった。
そんな中、A氏が目をつけていた馬の順番がやってきた。上場番号19番・マルシアーノの2017。母は最優秀スプリンターに輝いたキンシャサノキセキの妹で、自身も現役時代3勝を挙げた。そして、希望していたエピファネイア産駒である。
価格は1800万円からスタート。A氏は次第に値段を上げていく。しかしライバルが現れ、値段の上がるペースは次第に早くなった。みるみるうちに100万円ずつ上がっていき、あっという間に予算の3000万円を突破。「う~ん……」と苦渋の表情を浮かべながら、彼はセリから降りた。最終的な落札価格は4200万円。(株)レッドマジックが落札する結果となった。
悔しそうなA氏。しかし、落ち込んでいる場合ではない。まだ残り450頭近く上場馬はいるのである。マルシアーノの2017のセリから約5分ほど経過した後のことだった。次に気になっていた馬が会場に姿を現す。上場番号23番・メジロジェニファーの2017。こちらも希望していた父ジャスタウェイの牡馬である。母は現役時代3勝。母の姉には大阪―ハンブルクCを勝ってG1にも出走したメジロサンドラがいる血統だ。
▲セリに参戦したメジロジェニファーの2017
価格は1500万円からスタート。このセリでもA氏は100万単位でビットを重ねていくが、ライバルが想定していたよりも多い。すぐさま予算3000万円を越えていく。それでも一歩も引かないA氏。馬を見る眼差しは真剣そのものである。
実際に会場に行くと分かるが、セリで思い切り手を挙げてビットする人はほぼゼロと言っていい。「スポッター」と呼ばれる係員たちにサインを出し、その合図を受け取ったスポッターが声をあげるのだ。彼はスポッターに分かるよう、100万ずつ指を上げていく。
ビットは一向に止まず、4000万円を突破。悔しいが、ここで降りることとなった。結果はなんとリザーブ価格の4倍以上の6800万円。落札したのはディープインパクトでお馴染みの金子真人ホールディングスだった。これは相手が悪かったと言わざるを得ない。
A氏は会場を出て、他の落札候補を探しに厩舎へ足を運んだ。その足取りは心なしか重い。「現実を思い知らされました……」。そう何度もつぶやいた。3000万円で買い物などしたことのない筆者はどう励ましの声を掛けていいか分からない。肩を落としながら彼は昼食会場へ向かい、英気を養いに行った。
そんな中、競馬ラボではおなじみの、ジャスタウェイで世界を制した大和屋暁オーナーが、お目当てだったジャスタウェイ産駒の上場番号69番・ショアーの2017を2700万円で落札した。オープンで好走歴のあるエックスマーク、イモータルの半妹にあたる。大和屋オーナーがにこやかな表情で『愛馬』を撫でる姿を見ながら「なんとかA氏にも落札してほしい……」と心の中で願った。
▲大和屋オーナー御一行は、落札した馬と記念撮影
A氏のセレクトセール参戦は5度目。実家近くに馬事公苑があったことから競馬に興味を持ったという。初めての参加前のイメージは「値段が高い」だったというが、実際に参戦するようになってから、その思いをより強く持つようになったという。「高すぎていい馬がなかなか買えなくなった」と言いながら、次に彼が目を向けたのは、なんと今年のセールで高額落札馬が続出していたキングカメハメハ産駒だった。
種牡馬としての実績は言わずもがな。日本を代表するサイアーの牡馬をセレクトセールで買うとなるとかなりの額が必要になってくる。選んだ馬は上場番号128番・チューニーの2017。オークス2着の母、そして姉に交流重賞スパーキングレディーCを制したトロワボヌールがいる良血馬である。このような良血のキンカメ牡馬は通常5000万円は楽に超え、1億近くの値段で取引されるのも珍しいことではない。
しかし、あえて狙う理由があった。この馬はノーザンファーム生産ではないこと、そして次の上場馬がノーザンファーム生産のハーツクライ産駒の良血馬であることから、マークが薄くなることを期待したのである。社台ファームの厩舎に赴き、購入候補馬も含めて5頭ほどの歩様や身体つきをチェックする。調教師もゴーサインを出したことで、セリに参戦することを決めた。
いよいよ運命の時。狙い通り、そこまで急激な値段の上がり方ではない。A氏も3000万円を超えても粘る。が、3500万円を超えるところで降りることとなった。結果は4100万円。姉のトロワボヌールも所有する村野康司氏に落札された。その差は600万円だった。
億単位の金が飛び交うセレクトセールで「600万はそう大したことはないのではないか」と思う方もいるかもしれない。しかし、セリにおいてこの差は大きい。「あと100万円、あと1000万円あれば落札できていたかもしれない……」というのは結果論なのである。落札額は誰も分からない中で、その馬がいくら稼いでくるかを予測しながら値段を上げていく。この行為の難しさは当事者と関係者にしか分からない。
A氏は言う。「将来、歳をとってからも続けたい趣味なんです。だからここで予算より遥かに高い額を出しても費用対効果は得られない。だから1頭あたり3000万円ほどと決めて臨んでいるんです」。600万円が払えないなど、そういうレベルの人ではない。しかし一生の趣味とするために、あえて彼は「降りる」という選択に至ったのだ。
将来を考えると、牡馬を落札すれば種牡馬として、牝馬を落札すれば繁殖牝馬として繋養する可能性がある。ただ、種牡馬にできる馬などほんの一握り。その価値を考慮して値段を上げられる馬など、そういない。牝馬にしても引退後どの種牡馬を交配するかなど、先を見据えた購買をしなければいけないのだ。そうすると候補は多くない。数少ない希望の馬に誰が競るかなども予測し、降りない一部の馬主がセリに参加しているかどうか、会場内で確認しながらビットを重ねていく……。ゲームのようにはいかない、困難な作業である。
A氏は結局、予算に近い額で1頭の馬を購入することに成功した。「この馬を購入する予定は、まったくありませんでした」と言う。父は種牡馬として大活躍しているわけではないが、成長力に目をつけた調教師の薦めもあっての購入だった。「交流GIを目指します!」。A氏は笑いながら宣言した。
愛馬と出会った7月9日、また新しい夢がスタートした。