佐藤哲三騎手 引退会見(前半) 信念は「馬に気持ちを伝えたい」

昨日16日、現役引退を表明した佐藤哲三騎手(栗東・フリー)の会見が大阪市内で行なわれた。

一昨年11月の落馬事故でコース柵の支柱に激突し、全身に大ケガを負いターフを離れることを余儀なくされた。2年近くに及ぶリハビリを経たものの復帰へのメドは立たず、引退を決断。

1989年のデビューから25年で、通算勝利数は938勝。人気馬相手でも臆さず、常に勝負に徹する騎乗ぶりで多くのファンから支持を集めた。自身の騎手人生を振り返りながら、引退を決めた現在の心境や、何度も執り行われた手術の過程、『騎手』という職業に対する信念などが語られた会見の模様を、たっぷりとお届けする。

●引退を決意した時期

-:まず、現在の率直な心境をお伺いします。

佐藤哲三騎手(以下、『哲』):心境は、変な感じですね。自分で描いていたものとは全然違う形なので、「何やろなコレ」という感じですね。

-:今回、落馬の負傷によることが引き金になっての引退ということですけど、それに対しては?

哲:落馬の事故のケガというのは常にあるものだと思って、それを怖がらずにレースをしてきたつもりなので。今の結果については後悔してないとは言えないですけど、騎手として仕事をしていたらこういうのもあるのかなと思っていました。

-:いろいろな思いがあるとは思いますが、最終的に引退を決断されたのはいつですか?

哲:最終的に決断するのは凄く難しくて、今年の1月ぐらいに15時間の一番重要な手術がある中で、僕が思っているよりも復帰の見込みがずれ込んで自分の動かない手を見て感じた時に、「これは復帰できるのかな?」という思いがありました。

この大事な手術を受ける前にお医者さんにそれを聞くと、「ダメ」と言われた時にめげそうになって手術を拒否するかもしれなかったので、その手術が終わってから正直に先生に「話してもらいたいんですけど」と。その中で「復帰は難しいな。でも動かないモノが動くように僕は手術するから、この手術までは一生懸命ついてきてほしい」と言われたので、嫌な思いもあったし、決してしたくはなかったんですけど、それは頑張って乗り越えました。

その時に「復帰は無理かな」と思って。ケジメじゃないですけど、区切りをつけようとは思ったんですけど、最近ここ1カ月くらい、「カウントダウンかな」と自分の中で考えた時に、ちょっと寂しくはなってきました。


-:ケガというのは、佐藤騎手にとっては結構多かったように思います。7年前、2007年、1年に2回(大きい落馬によって)入院生活、リハビリをされました。その時もやはり引退と言うことが頭にちらつきましたか?

哲:その時は肩甲骨が折れたんですが、お医者さんには「肩が上がらないから」と言われて。でもその時は骨折だったので、いろいろな先生に助けてもらいながら肩が上がるようになって、復帰に向けてもメドが立ったので、メドが立てるモノに対しては死にものぐるいで頑張れましたし、戻ってこれる状況だとは思いました。

-:その時は、復帰に対するパワーがまだまだあったと?

哲:そうですね、「まだやりたい」と。今もやりたいことはあるんですけど、体が耐えてくれていた。耐えられる身体だったと思います。

-:同じようにケガをされた後藤浩輝ジョッキーがいますが、後藤さんとはエスポワールシチーで最後のバトンを託すことになって、その時にいろいろお話されたと思うですが、同じケガをされた者としてどんなことを思いますか?

哲:僕だからこそ、ゴッちゃんの今の辛い心境、「何をしたらいいのか」とかを凄く悩んでいると思うんですけど、僕は頑張れるのなら頑張りたかったし、体が応えてくれるのなら、ケガした怖さとかで「もう嫌だな」と思う怖さだったり、身体がキツいなという思いがあっても、騎手として戻れるのであれば、死にものぐるいで頑張れると思うし、でも僕は残念ながらそういう身体に今はないので。

でもゴッちゃんは、まだ話はしてないけど、たぶん頑張れる身体と思うので、無理して頑張れとは言えないけど、待ってくれているファンはたくさん、僕よりも多いと思うし、僕は彼のレースがずっと好きで、前々から勉強させてもらったりもしたので。エスポで応援してもらって「帰ってこい」と言われたので、僕からはゴッちゃんに「(ターフに)帰れ」と言いたいですね。


後藤浩輝

2013年のJBCスプリントにて。後藤騎手は後に「(哲三さんと)2人で作ったレース」と述懐


-:今回の事故でかなり大がかりな時間をかけて、合計6回の手術をされていますが、手術、リハビリに対してどんな心境で向き合ってこられたのでしょうか?

哲:騎手として復帰を目指さなくなったら、手術は絶対にしていないですね。戻れないとは思っていても、戻りたいという気持ちがあったので、最後の手術までは、お医者さんが「これが最後」というまでは頑張って付き合わなければと思ってきました。でもやっぱり途中でめげて、お医者さんとケンカしたこともありますし、「もう嫌や」と言ったこともあります。無理とわかっていても、騎手というのは僕の中でも重要な、人生の中でも重要な仕事だったと思っています。

-:かなり少ない確率であろうとも、復帰の可能性を?

哲:そうですね。途中からほぼゼロに近いのかなと思いながらだったんですが、競馬を毎週見ていて、「ジョッキーは格好いいな」と。僕もしてたんですけど、ちょっと離れると「凄いことしてるんやな」と思って見ていました。

●教えに反した「馬に気持ちを伝えたい」という信念

-:ジョッキーとしてどのような信念を持って競馬に向き合ってきたのかを教えて下さい。

哲:信念は「自分に負けない」とか、いろいろあるんですけど、「馬に気持ちを伝えたかった」ということですね。あとは、馬券がたくさん売れているわけだから、僕の馬券を買ってくれているファンの為には、死にものぐるいで馬券圏内に入ってやろうと常に思っていました。

-:そういう考えが確立されたルーツは、どういうところにありますか?

哲:僕の趣味のひとつにボートレースがあるのは、皆さん知っているとは思うんですが、その中で自分が見て嫌だなと思うことはしたくないなと思っていました。そのレースを伝えるのにどれが一番いいとかって、たくさんの馬券が売れていたら人それぞれ考え方は違うけど、伝わるものは絶対に伝わると思って。それこそ朝の1レースから自分が乗っている最後のレースまでは、何かを伝えたいなと常に思って乗っていたつもりではいます。

-:馬に対して、「気持ちを馬に伝えるべきか、伝えるべきではないか」という議論で、佐藤騎手は積極的にメッセージを送るというやり方でした。基本的には、そういうやり方というのはまったく逆のことを最初は教わったのでしょうか?

哲:そうですね。「馬に気持ちを伝えなくて、馬にストレス無く走ってもらいなさい」というのを教えてもらったんですけど、僕がやりたいことを馬に伝えないのに、馬は分かるわけないと思って。それがストレスにならないように、どうやって伝えればいいのかなというのは永遠のテーマだと思いますね。

-:そういう信念で結果を出された馬、G1では6つタイトルがあります。その中で印象深いのは?

哲:いい例で言えば、宝塚記念のアーネストリーです。それは自分が今まで積み上げてきたものと、(いつも切れ味のある馬ばかり回ってくるわけではないので)馬に対して思っていた「トータル的に競馬を考えて勝てる馬」を作りたい、それがG1に繋がればという中で、いろいろ馬と試行錯誤しながら、オーナー、厩舎サイドと相談しながら造り上げて勝てたレースだと思うので。それに対して騎乗もベストのレースだと思っています。それが騎手として、G1でベストレースができたというのは今でも一番かなと。

佐藤哲三

2011年の宝塚記念より


ダメだったのは、ダメかどうかわからないけど…ラガーレグルスの皐月賞のゲートが……。今までの僕の技術の向上に繋がったと思うので、今思えばあの時は辛かったですが、いい馬に巡り会えたと思っています。

-:デビューからのジョッキー生活で、一番の思い出は何でしょうか。

哲:たくさんの記者さんとケンカをしたことですかね。それには理由があって、最後だから言い訳してもいいかなと思いますが、僕は1年目にまったく成績が上がらなくて……。「これじゃダメだな」と考えた時に、自分には優しすぎる面が意外とあるんですよ。その中で、自分に厳しくするために、仕事場で人に優しくできなかったですね。人に優しくすると自分にも甘えが出てきてしまう。

自分の信念があって、その中でいろいろ考えている時に、また一番最初のことから聞かれたりすると、イラッとしてしまうこともありました。その点は申し訳なかったなとは思っていますが、理解してくれる人は、理解してくれていると思います。


-:自分の信念を曲げずにきたから、ここまで結果が残せたと。

哲:曲げて結果を出せるのであれば曲げたかったんですが、曲げると僕は結果が出ないので。騎手・佐藤哲三が結果を出して、お客さんに喜んでもらえるレースを見せるという信念に、嫌われても自分のスタイルは考えたくないという思いが、若い頃にはあったかな。

-:10月12日(日)に引退となりますが、その後の予定は?

哲:免許を取り消した後は、JRAの内部からは離れようと思っているので、今まで馬券を買って応援してもらっていた立場から、僕も一緒になって買って、ファンの人と一緒に楽しみながら、それがJRAを応援する方向に繋がればと。今までのスタイルとは変わりますが、JRAを、騎手クラブを応援していきたいですし、騎手・佐藤哲三だったということを伝えていきたいですね。

今後のやりたいこととして一番思っているのは、地方のウインズだったり、競馬場から遠いところで馬券を売っている場所があるじゃないですか。そういう人たちは間近でジョッキーを見られることがないと思いますし、僕はもうジョッキーではなくなりますが、少しくらいの期間だったら、まだジョッキーの匂いもあると思うので、そういう中で競馬の話とか、騎手の話をいろいろとして、また競馬のファンになっていただけたらな、と思っています。ずっと病院生活だったので、そういう旅もしたいですね。


佐藤哲三騎手・引退会見(後半)はコチラ⇒

佐藤哲三