引退よぎった悲劇から10年「大穴男」武士沢騎手が2018年初勝利!…こちら検量室前派出所

武士沢友治騎手"

1月13日、中山3Rのフォーマイセルフで2018年初勝利を挙げた武士沢騎手

●「不器用で個性的な馬でないと回ってこない」

1月13日(土)、中山3Rで"珍事"が起きた。今年で騎手生活22年目、まもなく40歳を迎える武士沢友治騎手が騎乗したフォーマイセルフ(牡3、美浦・小桧山厩舎)の単勝オッズは1.3倍。『ブッシー』の愛称で親しまれている"大穴男"としては、かなり珍しい圧倒的な1番人気だった。

レースは果敢にハナを切ると直線でも勢いは衰えず、2着馬に8馬身差をつけて2018年初勝利。表彰式から戻ってきた武士沢騎手は、一瞬笑顔を浮かべながら「順当勝ちです。新馬戦は、勝ったワカミヤオウジ(次走で500万下も快勝)が強かったですからね」と話した。しかし、すぐに表情を引き締めて「いい馬ですが、まだ弱いところもあります。楽しみな馬ですし、順調に行ってほしいです」と続けた。初勝利にも浮かれず、常に馬のことを第一に考えるあたりがこの人らしい。

JRA通算300勝を達成した昨年は、1997年のデビューから最も少ない年間4勝。この日の勝利は昨年8月13日、マルターズアポジー(牡6、美浦・堀井厩舎)の関屋記念(G3)以来5カ月ぶりだった。「今年の目標ですか?ケガをしないこと!」。そう言い残し、また"戦場"に戻っていった。

武士沢友治騎手"

武士沢騎手のファンは多い。フォーマイセルフの前走も10番人気で2着に食い込んでいた。昨年秋の東京でも10番人気のカワキタピリカを2着に、同じく10番人気のニシノベイオウルフも2着。そして、10月15日には17番人気のマルターズルーメンを3着に持ってくるなど、その存在感は絶大だ。

「メンバーや展開もありました。僕は馬に合わせて、状態に合わせて少しでも前の着順に持っていくだけですから」と謙遜するが、この姿勢もまた、武士沢騎手のファンが多い理由の一つだろう。

騎乗馬のほとんどが人気薄。「僕が乗るのは不器用で個性的な馬が多いです。でないと僕には回ってこない。そういう馬たちを一から作って、馬の成長に合わせながら、全ての馬に対して次に繋げる競馬を心がけています。まあ今の時代、毎回乗せてもらえるとは限らないんですけどね(笑)。皆さんは追い込むイメージを持たれていると思います。でも器用な馬なら前にいけますが、不器用な馬はなかなか行けません。タメを作るために差しに回すことが多いのです」と、笑みを浮かべながら話すが、目は真剣そのものだった。

●個性派・トウショウナイトの死が転機に

騎手・武士沢友治を彩ってきた名馬たちは、個性的な馬が多い。2017年に重賞を2勝してマイルチャンピオンシップ(G1)にも出走したマルターズアポジーは、これまでの24戦全てでハナを切っている。他にも冬の中山で大穴を開け続けた追い込み馬サンマルデューク、尻尾を振り回しながら追い込んできたアルコセニョーラとのコンビも、ファンの間では有名だ。

「若い頃だとヒットパーク(※)、前だとアルコセニョーラ、今だとマルターズアポジー……。個性的な馬は多いですが、個性があったほうが伸びるんですよ」と前置きした上で、「僕は馬を育てながら、馬乗りでありたいんです」と優しくも、はっきりとした口調で続ける。

個性派との名コンビでおなじみの武士沢騎手だが、代表的なのは間違いなくトウショウナイトだろう。キャリア38戦中34戦でコンビを組み、2006年のアルゼンチン共和国杯(G2)など6勝を挙げ、翌年の天皇賞(春)では5着に食い込んだ。しかし2008年4月30日、調教中に右前脚を骨折し、予後不良。日経賞2着の後、続く天皇賞(春)で悲願のG1獲りに挑もうとした直前の悲劇だった。まもなく、トウショウナイトが亡くなって10年の月日が経とうとしている。

「ナイトはうるさいし、怖がりだし、個性的な馬でしたね。持続力を活かしたい馬でしたが、G1の時に限って毎回良馬場。雨が降ってほしかったんだけどね……。あのナイトの事故は、僕にとって転機でした。馬に対する考え方を180度変えてもらいましたね。騎手をやめようとも思いました。でも諦めたくなかった。若いころはガムシャラに乗っていた面がありましたが、今は1頭1頭、馬の成長に合わせて乗るようにしています。僕はデビューしてから20年間、馬に勉強させてもらっているんですよ。また、ナイトのような馬に巡りあいたいですね」。

トウショウナイトは、武士沢騎手の中で今も生き続けていた。最後に「武士沢騎手の好きなコースはありますか?」と聞くと、笑顔でこう答えた。「好きなコースはありません。馬が合うコースならどこでもいいんです」。

常に馬を第一に考え、馬のために行動する武士沢友治騎手。「こういう自分ですが、皆さんに楽しんでいただけるよう頑張ります!」と笑顔で言った。彼が再びトウショウナイトのような相棒に巡りあうことを願わずにはいられない。

※ヒットパーク……90年代後半に中央4勝、そのうち武士沢騎手で2勝。芝・ダートを問わない強烈な末脚でオープンまで出世したパークリージェント産駒。